【ごめん】
書き出しの文字は、悩まずとも頭に思い浮かんでいた。
なのに、その一言を俺はなかなか書き出せない。
これしかないと思うと同時に、やっぱり違うんじゃないか、という思いも消せなかった。
手を止めたまま紙に向かいあっていると、男は突然立ち上がり、奥の棚をゴソゴソと探りだしたかと思ったらカップを取り出した。
おいおい何してんだ?
どこから出してきたのか、珈琲メーカーを目の前に置くと、ぎこちない手つきでペーパーフィルターを取り出して、首をかしげている。
やがて悩むのを辞めたのかペーパーフィルターは脇に投げ出し、粉のほうに手を伸ばした。
そしてカップに直接粉を入れ、いつの間に沸かしていたのか、湯気の出ているポットを取り出しお湯を注いだ。
「おや?」
疑問に満ちた男の声。
いやいや、今の粉、インスタントじゃないだろ?
お前のやってることが“おや?”だよ。
ついつい見つめ続けていると、男は俺の視線に気づいてやってくる。
「書けましたか?」
「いや、まだだけど。……アンタ何やってんの」
「僕ですか? いや、飲み物をと思って珈琲を」
「でもアンタ、直接粉を入れてなかったか?」
「そういうものじゃなかったでしたっけ」
「それはインスタントだろ。貸してみろよ」
思わずそう言ってしまったのは、俺の今のバイト先が喫茶店だからだろう。
マスターにも褒められた俺の腕を見やがれよ。