渡されたのは罫線一つ書いてない真っ白い紙だ。
書く気の失せる便せんだな。


「出したいお相手は?」


目の前の男の視線は、黒縁のメガネが邪魔してよく見えない。

問いかけてくる割には存在感が感じられないというか、目に見えているのにここにいないような感覚が付きまとう。まるで煙か霞とでも話している気分だ。


「俺んちの向かいに住んでて、香西 成美(こうざい なるみ)っていう、二つ年下の女だ」

「幼なじみですか」

「そんな言葉で括るほど仲良くはない。俺より親父の方に懐いていたし」

「へぇ。ではなぜお手紙を?」


問いかけられて、一瞬言葉に詰まる。

俺は成美に、何を伝えなきゃいけなかったんだっけ。


「……謝らなきゃならねぇんだ」

「謝るようなことをしたんですか?」


男の低い声が、直球で言いにくいことを聞いてくる。


「した。……泣いてたし。アイツは怖かったと思う」

「ではその気持ちを、そのままその紙に書いてください」

「ああ」


鉛筆を握り、紙に向かう。

ただの真っ白と思っていたその紙は、実は薄く模様のようなものがあった。
和紙ってやつかもしれない。そう思ってみれば普通の紙よりは厚みもある。