妃香里の胸のあたりから、光が湧き出してきた。
それはすごく小さくなっていた黒い靄を照らし、消滅させてしまった。
「分かった。……頑張って、武俊くん」
涙声で絞り出した彼女の言葉は、俺の中で勇気に変わる。
俺は光に包まれた彼女を抱きしめた。
「ありがとう、妃香里」
「うん」
「傷つけてゴメンな」
「……うん」
体を離した時、妃香里から出ていた光は消えていた。
ヨミがほっとしたように近づいてくる。
「もう大丈夫のようですね。妃香里さん、未練はありませんか?」
「はい。……あ、あります。最後にこの珈琲、飲んでもいいですか?」
「もちろんどうぞ。ごゆっくり」
郵便局内は、チョコレートフレーバーで甘ったるい香りが充満している。
だけどそれは香りだけで、彼女が飲む珈琲は砂糖は入っていない。
理想は甘い。だけど現実はいつだって甘いばかりじゃない。
それでも、人はそれを受け入れて味わえるようになる。心が生きている限り。
やがて妃香里はヨミに付き添われて、郵便局を出て行った。
俺は罪悪感に駆られながらも、決意を固めていた。
現世に帰る。
何があっても。
人一人、これだけ傷つけておいて、自分だけ無傷でなんていられない。
しばらくの間だけだったけど、俺の空間だったコンロ周りと机の周りを片付けて、
ヨミが戻ってくる前に俺は郵便局を出た。
目の前に広がるのは、来た時と同じような生い茂る木々。
地獄に繋がるのか現世に繋がるのか、全て運次第。
それでも。
もうじっとしているのなんて嫌だ。
ヨミタケ郵便局の扉をゆっくりと閉め、俺は深い森のなかに一歩を踏み出した。