『や、めて……っ、やめて!!』


もがく、何度も何度ももがく。

けれど、己のか弱さなんて痛いほど身に染みていた。自分が弱いあまりに、目の前で殺される父を助けることができなかった自分が、どうすることもできないことは。


それでも、懇願する。

彼女にとって、剣士は、唯一心を許せる人だったから。


『お願いだからっ、何でもするっ、なんでも言うことを聞く!あなたの言うとおりにする!だから、お願い……っ、その人だけは……っ、その人だけは、助けて……っ!!』


彼女の悲痛な叫び声に、王子の足がぴたりと止まる。

そこは、羽交い絞めにされた剣士のすぐ隣。剣の矛先を少しでも変えれば、たちまちその剣は剣士の胸に突き刺さる場所だった。


王子は、わがままを言う子供をあやす母親のような優しい、優しい口調で言う。


『僕はね、君の心が欲しいわけじゃない。欲しいのは〝君自身〟なんだ。だから、少し壊れていたって特に問題はないからね。

 それに、ギルは少し知りすぎてしまった。これ以上何かを知られる前に、始末しておかないと』


『……っ、約束が、違う……っ!彼を助けると、あなたは誓ってくれたはずよ……っ』


その言葉に、王子はあーと目を細めながら、首を傾ける。

怒りと、憎しみに声を荒らげる白雪姫を一瞥して、くすくすと楽しそうに嗤う。そして、手に持ったその剣が、ゆっくりと剣士の胸に向かって進んでいく───



『だから、君は甘いんだよ。白雪姫。父を殺された相手をそう簡単に信じるものじゃない』


ぶすり、と。

確かにその音はいやに耳に残っていた。

悲鳴も、苦痛の声も、しなかった。突き刺さった刃は、引き抜かれると赤黒い傷口から、せき止められていたものがあふれ出すように、一気に地面に赤黒い水たまりを作り始める。


『い、や……』


崩れ落ちていく。目の前で、剣士がゆっくりと。ばたん、と音を立てて倒れた彼の体から大量の血が流れる。けれど、剣士の体が動くことは、なかった。


『いや、……い、いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ……!!』



白雪姫の悲鳴とともに、あたりが闇に閉ざされた。