ただ、その事実だけが心にしこりのように残留する。



苦しくて、痛くて、辛くて───そして悲しかった。

また、瀬尾を頼ってしまったことを。また、瀬尾を傷つけてしまったことを。また、瀬尾から奪ったことを。



教室は、痛いほどの沈黙に包まれていた。

誰もが、私の豹変ぶりに固まったまま。



言い聞かせる。何度も、何度も、何度も。

泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな、泣くな。泣いたら、また瀬尾が私を助けようとする。


だから、泣くな。

笑え、笑え、笑え。


唇を噛みしめた。小さく深呼吸を繰り返して、やっと固まっていた頬の筋肉が和らぎ始める。私はすっと顔を上げて、馬鹿みたいににへえっと笑みをこぼしながら言う。




「ほーら、何やってんの。

 あーもう道草食ってるから台本全然進んでないじゃんー!これなら一人でやったほうがまだ早いっての。後は私がやるからみんな練習の続きするように!」


私のその一言に、止まっていた時間が動き出すように手を動かし始める。立ち上がって、ようやく、みんなの話す声がぽつぽつ聞こえ始めた。


その時、誰にも気づかれないように隣の瀬尾が立ちあがるのが見えた。思わず立ち上がって、その後ろをついて行きたい衝動に駆られる。でもぐっと堪えた。

そして、広げた用紙と、みんなが組んでくれた台本を重ね合わせはじめる。ふいに、白い手が伸びてくる。


驚いて見上げると、佐藤くんがはい、と拾い上げた用紙を抱えた紙の束の上に乗せた。