歩いて家に帰るのと、走って家に帰るのでは、それなりの差が出るはずなのに


悲しいほどの運動音痴のおかげで、そこまで差はなかった


少し悲しい




ぜーぜー、息が整わないまま鍵を使って家に帰宅


夕方から夜の間のこの時間には、お母さんもお父さんも、まだ誰も帰ってきていない


よし、やるぞ…やるんだ…!


息を整えるために廊下をうろついてから
古い新聞紙を持って洗面所へ


洗面所の棚をあさって…


あった


もう、何年も見てなかったなぁ…


ハサミ、もちろん髪を切るやつ


わたしは、今までずっと伸ばしてきた
この重くて暗い長い髪を、切る


…変わりたいなら外見から、
とかいうのを聞いたことがあったりなかったり


新しい自分になるんだ


周りが怖くて、声が出せなくて
視線ばかり気にして
迷ってばっかりで


こんな自分は、嫌い


もっと、空くんに近づきたいの


「わたしなんか…」なんて考えとはここでお別れだ


迷ってばかりで、好きの人に
本気で


『好き』


と言えない自分に、さようなら


人と視線を合わさないため
目立たないため


自分を人から隠すために


ずっと伸ばしてきた黒髪は、



もう、いらない
必要ない


まってて、空くん


『好き』を伝えに行くから





髪なんて、自分で切ったことなんてない


切り方だって、分かんないけど
ハサミを手に取った


新聞紙も敷いて、切る準備はばっちり


洗面台の鏡に映る自分を見つめた



「変わんない、なぁ…」



中学時代からの変化なんて、
メガネから、コンタクトに変えたくらいだっけ


…あの時は、空くん、『似合う』って言ってくれたっけ


また、言ってくれるかな?


言ってくれたら嬉しいな


その一言で、わたしは十分幸せなんだ


ハサミを握る手に力を込めた


あと、数ミリ


わたしは、変わる


そして、空くんだけをまっすぐ想うから


今も、これからも