「…まって!伊織!」


少し走ったところで、といってもわたしの運動能力じゃそう進めていないけれど


湊が追いかけてきた


「…これ!」


何かをこちらに投げてきた
なんとかそれを掴み取る


「…グロス?」


ピンクのグロス
とってもかわいい色


「あげる!使って!」
「…湊のじゃないの?」


湊がこういうのを持っているのはなんだか不思議な感じがするけれど


だからこそ、大事なんじゃないかと思った


湊は、なんだか少し寂しそうな顔をして


「…いいの。もうわたしには必要ないから。伊織の方が、きっと似合うよ!
楽しんできて!」


と言って、くるりと背を向けて戻っていった


…何かあったのかな?


でも、考えている時間はない


「ありがと、湊」


グロスをぎゅっとにぎって
わたしはまた走り出す


かかと低めの靴にしといて、よかった


あともう少しで、待ち合わせの場所


はやく、はやく


好きな人が待ってる


息苦しささえ、気持ちいい


それくらい、早く会いたい


なんて言ってくれるかな
いつもと少し違うの、気付いてくれるかな


少し、ペースを落として深呼吸


すって、はいて、落ち着いた


そして、手に握ったグロスを
塗ってみた


よし、大丈夫、大丈夫


君が手を振っているのが見えた


走り出したいのを抑えて、わたしは空くんに手を振り返した