「詳しいことは何も聞いていない。だけどきっと、仁花ちゃんはなにか大変なものを背負っているんだろうね。……僕は君にも渚にも、今は何も聞こうとは思わない。ただ親馬鹿だと言われても、今は息子を信じて待っていたいと思うんだ。だからね、仁花ちゃん」

お父さんはやさしい顔のまま、あたしを見詰めてくる。

「すこしでいい。渚のどこか少しでも、君が信じるに足る部分があるなら……渚が今君のために一生懸命になっていることだけは認めてあげてくれないかな?」


やさしくやさしく、まるでいたずらっ子を詫びる父親のような温かな口調で言われて、あたしの目頭は耐えきれずに熱くなった。


この家はあまりにも居心地がよさすぎる。みんなやさしくて守ってもらえて愛があふれていて。あたしはこの家がとても好きだ。この家でまっとうに育った、渚の内に秘めている熱さやまっすぐさが好きだ。

そんなことを思ったら胸がぎゅっと締め付けられていく。


「ひ、仁花ちゃんっ!?」

急にぽろぽろ泣き出したあたしに、お父さんがおろおろしだす。

「ご、ごめんよ。僕は何か若いお嬢さんの気に障るようなことを言ってしまったかな……」

違うんですと首を振ろうとすると、それよりさきに廊下からドタドタ足音が聞こえてくる。

「ッあー!!仁花ちゃん遅いと思ったら、ハゲオヤジが仁花ちゃん泣かせてるしぃ、渚に言いつけてやろー」
「こら哉人!父さんをハゲ呼ばわりするんじゃない!事実だっとしてもオブラードに包みなさい!……というか渚にチクるのだけは勘弁してくれ、渚は怒らせると愛より厄介なんだ。好きな子が絡んだらどんなに恐ろしいことになるのか……」

スマホを取り出す哉人くんとお父さんが揉みあっているうちに、荒野さんまで現れた。


「はいはいはい、いいから。いい加減仁花ちゃんお腹空かせてかわいそうでしょ、さっさと飯!ほら飯しますよ!荒野さんの即席スープが冷めちゃいますから早くして!!」


荒野さんに促され、そのままどうにか無事にランチタイムに流れ込んだ。




そしてその日、早朝から出掛けていた渚が帰ってきたのは日が暮れてすっかり暗くなってからだった。