「………崎谷」


一度キスをやめて、渚があたしに言う。


「俺はな、結構プライド高いから。自分からボランティアなんて御免だ。だからちゃんと俺に助けてほしいって言え。俺に守ってほしいって」


言いながら、渚が大きな体であたしのことを包み込むように抱き締めてくる。


「したらあのクソ兄貴からも、この傷のことも、全部俺が守ってやるから。俺がいいって言えよ、崎谷」


その真剣な言葉を、まだちゃんと受け止める勇気がなくて。あたしは誤魔化すように笑ってしまう。


「何笑ってんだよ」
「………ごめん。だって『崎谷』って、なんか聞き慣れなくて」



あれだけ『ニカ』って呼ばれ続けてたのに、今更『崎谷』呼ばわりされるのはかえっておかしく感じた。


それにあんなに『ニカって呼ぶな』って言い続けたのに、いざ渚に苗字でよばれてしまうと、その響きがあまりにも他人行儀すぎて。

これまでの渚との関係がリセットされてしまいそうな気がして、なんだかその呼び方があたしの耳にも心にも馴染まないのだ。



「おまえのことはもう二度と『ニカ』って呼ばねぇよ。……あいつにそう呼ばれてたから嫌がってたんだろ。『ニカ』って呼ばれると、あいつのこと思い出すから」

「………渚はなんでもお見通しなんだ?」


また思わず自虐っぽく笑うと、渚はますます腕に力を込めて抱き締めてくる。


「っくそッ。それ知ってたら、死んでもおまえのことニカって呼ばなかったのに。………ホント、悪かった」


あたしは窮屈な渚の腕の中で首を振る。


「謝らなくていいよ。……なにも話さなかったのはあたしのほうなんだから」

「仁花」


呼びかけながら、渚がまたキスをしてくる。