「ふざけんな哉人、お前さっきから何様だ」


「……うわー。独占欲丸出し。我が兄ながら引くわー。嫉妬深くて重い男は仁花ちゃんに嫌われるよー?」
「うっせ、黙れガキ。……崎谷もこんな奴らにかしこまらなくていいっての」


哉人くんは渚の不機嫌なんておかまいなしに、今度はあたしにお兄さんのことを紹介してくる。


「仁花ちゃん、仁花ちゃん。こっちが長男の荒野(コウヤ)で、今大学四年だよーん」
「兄の荒野です」


お兄さんは途端にキリっとキメ顔みたいな目付きになって、あたしの方に向いてくる。本人はいたって真面目なつもりみたいなんだけど、なんだかその不自然なくらいに作り込んだ表情があたしにはおかしく見えてしまう。


「あ、でも仁花ちゃん、荒野は就職浪人中で、2回目の大学4年生だから正しくは大学5年生なんだよー」
「黙れこらッ、不名誉なことを大きな声で言うなッ、哉人まで兄ちゃんいじめるなよぅ」


途端にかなしげな顔になった荒野さんに羽交い絞めにされながら、哉人くんはあたしに笑いかけてくる。



「やー、仁花ちゃんってマジ超かわいいね!見てて飽きないわ。で、ボディソープ、どれ使った?」

「………青いボトルに入ってるの、借りましたけど……?」


青いボディソープのボトルは家族共用のものらしく、誰の名前も書き込まれていなかったから、あたしは体を洗うのにそれを拝借していた。

わざわざ尋ねてくる哉人くんに、使ったらまずいものだったんだろうかと不安になりかけていると、哉人くんはへらりと目尻を下げて浮かれたように言ってくる。


「あ、俺タメ語でいいってば。……うわぁー、俺も同じ!いつも体洗うのにそれ使ってる。でも同じ石鹸使ってるはずなのになんでこんな匂い違うんだろ。癒されるわー」
「つか新鮮だなあ、愛姉の湯上りこんな初々しくないし。つかそろそろ姉貴のスッピンやばいよな」

「しいっ。黙れ荒野兄!だってもうあっちはアラサーだぜー?こんなぴちぴちの花盛りの女子高校生と比べるほうが酷じゃん?つか仁花ちゃん、ほんとまじかわいいねえ。超いい匂いー」
「かわいいよなぁ。ほんとマジいい匂いだし」


鼻をくんくんさせる2人に、顔に青筋を立てていた渚はとうとう我慢出来ないとばかりに長い脚を振り上げた。


「………おまえらな。キメェんだよ。こいつ見るな、嗅ぐな、近寄るなッ!」


その途端、渚に蹴飛ばされた2人がそれぞれ「いでぇッ」「いだッ」と悲鳴をあげる。


「崎谷、行くぞ」


渚に手を引かれ、あたしは家の外に連れ出された。