「大登って呼ぶまで離さないぞ。いいのか? 朝飯、食べ損ねるぞ」

「それって脅迫ですか?」

「どうとでも」

小馬鹿にでもしたように言うもんだから、こっちもカチンとしてしまう。

「わかりましたよ。呼べばいいんでしょ、呼べば。ひ、ひ、ひ、大登……さん。これで勘弁して下さい……」

最初の勢いはどこへやら。最後は力なくうなだれて、こちらからギブアップ。

やっぱりどうしても、年上で上司の男性を呼び捨てなんかにはできない。六歳違うんだから、せめて“さん”付でお願いしたい。

「わかったよ、それで手を打ってやる。よく頑張ったな」

大登さんはニコリと笑ってそう言うと抱きしめていた右手を離し、私の顎をすっと持ち上げた。あっと思った瞬間にはもう唇が重ねられ、チュッと音を立てると静かに離れていく。

「ご褒美」

至近距離で見つめ甘い口調でそう言うと、大登さんはもう一度私の身体を抱きしめた。

突然の出来事に私の頭の中は真っ白になり、呆然としながら大登さんの顔を見上げる。

「どうした? もう一回か?」

ゆっくりと近づいてくる大登さんの顔があと数センチになった瞬間、自分を取り戻した私は慌てて自分の口を手で塞ぎ、ダメの言葉の代わりに首を振った。

「なんだよ、冗談で言っただけなのに。そんなふうに拒否されると、地味に傷つくな」

さっきまでの笑顔とは真逆の悲しそうな大登さんの顔に、自分がとても悪いことをしてしまったような気持ちになる。