私と颯の関係は、もう二年。昨日今日始まった関係とは、その深さが違うんです。ここまでの仲になるのだって、どれだけ苦労したことか(ゲームの中での話だけど)。選択肢を間違えてバッドエンドを迎えた時なんて、本気で大泣きしたんだから。

だからこそ『颯』と呼べる関係になった時の感動と言ったら、まさしく“天にも昇る心地”。だから簡単には、名前呼べないんです。

「薫子、ねえ呼んでみてよ」

「ムリです」

そんな猫なで声を出したって、ムリなものはムリ。そんな簡単に、私の意思は変わらない。

「でも薫子は、俺の彼女なんだろ? 彼女が『八木沢主任』てのは、おかしくないか?」

「そ、それは……」

そうかもしれないけれど。八木沢主任は颯より大人で、大登なんて呼び捨ては恐れ多い。八木沢主任は二十八歳で、きっと恋愛経験も豊富なんだろう。付き合う女性のことを呼び捨てにするなんて当たり前のことかもしれないけれど、私にはハードルが高すぎる。

「一度呼んでみろって。それでもムリだったら、俺も諦めるからさ」

諦めるとか言ってる割に八木沢主任の期待に満ちた目が、私をいっそう追い詰める。

颯もそうだったけれど、男の人ってなんで名前の呼び方にこだわりを持っているの? ここまで引っ張っておいて自分の意思を曲げるのはかなり癪だけれど、ここは言わないと収まらない感じ? 一度呼べば、本当に諦めてくれる?

スーっと大きく息を吸い込むと、意を決して八木沢主任が求めている名前を呼んでみた。

「大登……」

やっと言えたひと言に、顔が赤くなるのを感じて。上目遣いに八木沢主任のことを見れば、ちょっと驚いたような顔をしている。