「なんで彼氏って言わなかった?」
八木沢主任は私の後ろにしゃがみ込むと、私が彼氏と言わなかったことが気に入らないらしく怒ったように聞いてきた。
「なんでって。そんなこと私が急に言い出したら、井澤のおばちゃんがびっくりするじゃないですか。それに……」
「それに、どうした?」
「それに私はまだ、彼女っていうのがどういうことなのかよくわかりません。八木沢主任のことだって、本当のところはどういう人なのかまだ知らないっていうのに……」
私はそんなに器用じゃない。昨日いきなり上司から彼氏になった人を、堂々と彼氏とは言えやしない。
それ以上言葉が続かなくて俯くと、ぽんと頭の上に手が乗せられた。
「そうだよな、俺が悪かった。薫子とこうやってふたりでいることが嬉しくて、ちょっと焦りすぎた」
頭に乗せられている手がゆっくりと動き、何度も優しく撫でられる。
「別に、八木沢主任が悪いとは思ってません」
「大登」
「はい?」
「会社じゃないんだし、八木沢主任はなぁ。鞄の中のアイツのことは颯って呼ぶんだし、俺のことも大登って呼んでみ」
呼んでみって。八木沢主任、それどんな顔して言ってます?