目の前の黒い扉が開く様を、ルミは少し離れた場所から見ていた。



 この扉の先にあるものを、エンマは”影の部屋“と言った。それが何なのか、今から自分の目で確かめるわけだ。



 徐々に露になる影の部屋。



 ルミは一歩前に出た。



 そして



 そこに見えたのは



 大きなベッドと、それに横たわる人だった。



「......誰?」



 独り言のつもりだった。

 

「私の主でございます」



 しかし、エンマは律儀に答えてくれる。
 そして影の部屋へと、彼の主の元へと向かっていった。



 ルミもゆっくりと後を追う。そのまま影の部屋へと入っていった。



 影の部屋は、重苦しい黒い扉からは連想できないくらい、落ち着いたナチュラルな色で統一されていた。



 窓のそばに置かれたベッドにルミの視線は戻る。



(...寝てるのかな............)



 エンマが近づいても、そこに横たわる人は動く気配はない。エンマの背中がなぜだか寂しそうに見えて、ルミはそばへと近寄った。



 そして気がついた。



 横たわる人間の異常な姿に。








 生気のない青白い顔色



 痩せこけた頬



 酷いクマと、くぼんだ瞳



 点滴がいくつもその腕から伸び、一目でこれ無しじゃ生きていけないことが分かる。



 と言うか、生きているのかさえ疑わしいと思うのは、おかしいのだろうか。



 長く伸びきった髪がその人の表情を余計暗くしてしまうため、最早死んでいるようにしか見えなかった。



 男か女かの判断すらできない。



 微動だにしないその体を見つめる。



『.........シェイラ様...』



 エンマが小さくそう言った。主の名前なのだろう。



 ふと、一陣の風が舞った。
 開け放たれたその窓から流れる風が、目の前の死にかけのような人の頬を優しく撫ぜる。



「!」



 その時、僅かにだが彼の目がうっすらと開いた。



 国王シルベスターとよく似た黄金色の瞳が、まだ輝きを失わずにそこにはある。



 美しいそれがゆっくりと動き、ルミを捉えた。だが不安定なその瞳は小さく揺れ動く。



「誰か......そこに.........いる、のか?......」

 

 掠れて聞き取りづらい小さな声。
 きっと瞳もちゃんと見えていないのだろう。



「いますよ、ここに......シェイラさん」

 

 自分よりもほっそりしたその人の手に、ルミは手を重ねていた。自然と、まだ聞きなれないその人の名が、どうしてか口を滑る。冷たい冷たいその手に、少しでも自分の熱が伝わればいいと、そう思った。



 ルミの見つめるその先で、美しいその瞳から一粒の涙が溢れていった。