「……携帯は?」

その問いに彼女は俯くばかりで、返答はなかった。

本当に呆れた、ないならないとさっさと言えばいいものを。
そんなに俺の世話になるのが嫌だったのか。

「もういい、乗れ。送ってってやるから」

「いや、いいです……っ」

「ここまで来て遠慮すんな。そんな状態でどっかで倒れられたら、帰した俺の責任になる。それこそ迷惑だ」

「……っ」

ついに彼女の瞳から大粒の涙が零れた。
泣かせるつもりはなかったんだけどな。

しかし、気持ち悪い位にしおらしい。
俺の嫌味にも全くの無反応だし、それどころかずっと申し訳なさそうな顔をしている。
これでは、いつものようにいじめがいもない。

俺を親の仇かのように睨みつけていたあいつとは本当に別人のようだ。

それなら、もう別人だと思って接しようじゃないか。
少し声色を変えて、努めて優しく声をかけた。


「辛かったら、シート倒せ……じゃなくて、倒していいから」

「は、はい」

そう言ってシートの横を探すが、残念ながらそっちにレバーはない。

「あぁ、分かりにくいんだよな、この車」

そう言って彼女の前に手を伸ばすと、驚いたのかびくっと大きく体を揺らした。

「……っ!」

……いやいや、そんな過剰に反応しなくても。
そんなに警戒しても、何もしないっつの。

あ、そっか、さっきので……。


「……俺に無理矢理口ん中ホース突っ込まれて水流されたのトラウマになってんの?」

「ち、違……っ」

「いやそれが狙いでやったからいいんだけどさ」

「あ、あの本当に違くて……。えっと、あの、お、男の人が怖いだけなんです」

「は……?マジで?」

少しでもからかってみれば、今にも噛みついてきそうなネコ目でギロっと睨みつけていた奴が。
男が怖い……?
だからってこんな簡単にはスイッチ切り替わるものか?

なんだ、桐山にふられて精神的に落ち込んでいたのと。
それから……


……あぁ、あったじゃないか、桐山の他にも彼女をここまで追いつめさせた原因が。

桐山への失恋だけじゃなく、それよりももっと彼女へ大きなダメージを与える人間がいる。