雨で視界の悪い中、病院から出てきた小さな人影が目に入った。
この雨の中、傘もささずに覚束ない足取りでとぼとぼ歩くその姿に、嫌な胸騒ぎがする。
まさか、あいつじゃないよな……。
しかし、そんな嫌な予感は的中してしまうことに。
今日、何度ため息をついたことか。
そして本日一番の大きなため息をつくことに。
こいつに対してもそうだけど、自分に対しても。
こんな奴放っておけばいいのに、どうもきっぱり見捨てられない。
そんな優しい奴じゃなかったはずなんだけどな、俺。
彼女の近くに車を寄せ停めると、車の中にあった置き傘をさして降りた。
さっきよりも明らかに雨脚は強くなっている。
俯く彼女に近づいて声をかけた。
「……こんな雨の中、傘もささずに何やってんだよ」
「……っ」
俺に声をかけられたことに驚いたのか、びくっと小さな体を揺らした。
その小さな体を傘の中に入れる。
「病院でタクシー呼べばいいだろ」
そう自分で言っておいてはっとする。
彼女は起きた後、きっと誰に急かされるまでもなく逃げるように病院を後にしてきたであろうことを。
そう、あの病院には、桐山がいるのだから。
「……い、今から呼ぼうと思ってたところで」
か細い声でそういう彼女、その声は寒さからか少し震えていた。
「なら、さっさと電話して呼べよ」
そう急かすと、彼女は慌てて俺を帰そうとした。
「あ、あの、私は、大丈夫ですから……どうぞ車に戻ってください」
そう言われていらっとして、つい口調が荒くなる。
「……さっさと電話しろって、俺も濡れるだろうが」
しかしそう冷たく言っても、一向にタクシーを呼ぶ素振りを見せない。
困ったように眉を八の字にさせ下唇を噛む。
その大きな瞳には今にも零れそうな涙が溜まっている。
思わずぎょっとしてしまう。
さっきから思っていたのだが、本当にこいつあのMRか。
あの高飛車で人を睨みつけていた奴と同一人物とは到底思えない。
そう疑いたくなってしまう程別人のような弱々しい姿だった。