「修羅場ねぇ、いいねぇ若人は。年をとるとそんな浮いた話もなくなるからね」
君も色々経験しておいた方がいい」

「先生、経験豊富そうですもんね」

「そんなことない、俺はずっと理香子一筋だったからな」

「……へー」

その名前を出されると私はもう立ち入ればくなってしまう。

先生もそれに気付いているようで、わざと予防線を張るようにその名前を出す。

だけど怖気づいていたら、ここから進めない。
人の恋愛事情に首突っ込んでる場合じゃない。

私も決心したんじゃない。


最初は、尊敬する先生の傍にいれるだけで良かった。

でも今は、それ以上に近しい存在になりたい。

そう願ってしまったんです、先生。

先生からしたら、私なんてまだまだ青臭いガキかもしれませんが、少しでも相手にしてもらえませんか……?


「先生が色々教えてくださいませんか?」

表情を変えないように努めながら、普段と変わらない調子で先生に尋ねる。
鋭い先生のことだからちゃんと意図は汲んでくれるはず。

態度にそれとなく好意を匂わせながらも、直接的に言葉にしたのは初めてだった。
そんな予想だにしない私の発言に、目を見開いて驚く先生。

しばらくして返ってきたのは、ため息と呆れたかのような言葉。


「……全く中年をからかうもんじゃない」

「からかってません、私は本気です」

「あー、もう。おかしなことを言うもんだから頭が痛くなってきた」

「先生……っ」

「まだ若いんだから、こんな老いぼれにかまけていないでちゃんと真っ当な恋愛しなさい。行き遅れるぞ」


……真っ当な恋愛ってなんですか?

私の先生への想いは真っ当ではないのですか……?


先生から拒絶されていることは薄々気づいていた。
それでも、これだけはっきりはっきり線を引かれるとさすがにこたえる……。