「渡せないなんて、まるで元は自分のものみたいな言い方だな。ただの幼馴染のくせにっ」
「そうだ、ただの幼馴染だ。でも、ずっと小さい頃から未結を見てきた。好きになった男も、付き合ってきた男も知っている。俺はその度に、未結が幸せになれるのならと身を退いてきたが……」
そう言うとそうちゃんは彼をしっかり見据え、淡々とした調子で告げた。
「あんたはだめだ」
その言葉に、激情した彼がついにそうちゃんに殴り掛かった。
「だめ、殴っちゃ……っ」
一触即発といった2人に気を取られてつまずくと、重い鍋が手から離れていった。
まるでスローモーションのようだった。
後ろへ転ぶ私に降りかかろうとする鍋。
この体勢では避けられないと覚り、咄嗟に目をつぶるも、そこに来るべき衝撃は来なかった。
次の瞬間、鍋が何かにあたるゴンという鈍い音と、汁が零れる音が耳に入る。
なのに、私には熱い飛沫さえ飛んでこない。
ゆっくり目を開けると、誰かが私の体を庇うように覆っていた。
やっぱり彼が助けてくれたんだ、私のことを一途に想ってくれる彼が。
そうちゃん、好きだというなら私の気持ちを尊重して。
たとえ彼に殴られて傷つけられたとしても、私は平気なんだから。
……傷つけられても?
自ら私を傷つける彼が、果たして本当に私を守ってくれるだろうか。
……彼じゃない。
私を傷つける彼が、私が傷つくのを恐れて守ってくれるはずがない。
ぼんやりしていた影がはっきりする。
あぁ、やっぱり。
そういうことなんだね。
「そうちゃん……」
私の頭が床にぶつからないように、大きな手が頭の後ろを支えてくれていた。
どうしてこうまでしてもらわないと、気付かなかったのだろう。
次から次へと溢れる涙が止まらない。
そうちゃんはいつだって私を守ってくれていたのに。
今だって、一瞬の躊躇いもなく私を助けてくれた。
「……みゆが平気だろうと、俺はみゆが傷つくのは耐えられないよ」
「ごめんなさい、そうちゃん……っ」
「頼むから、もう彼女を傷つけないでくれ。俺の大事な女の子なんだ」
きっとこの状況に手も足も出なかった彼。
そんな彼の面前で見せつけられたそうちゃんの行動は大きかった。
そんなどこかうつろ気な彼に、そうちゃんは切々と訴えたのだった。