「なんでここにいるって、分かったんだよ」
ちっと舌打ちをしながら、そうぼやく安生先生。
「カルテ渡せないので開けてくれますかー?」
仕方なく、私の存在がバレないように少しだけ扉を開けてカルテだけ受け取ろうとする安生。
しかし、引き戸が少し開いた瞬間、黒瀬先生の手がその隙間に割りいれられ、がっと靴を差し込んでこじ開けられた。
「な、なんなんだよっ?」
突然の彼の行動に驚いたのか、びっくりしてそう聞く安生。
「あんたと栞が個室のカンファレンスルームに入って行ったって聞いてな。良かった間に合って」
「さっさと出て行け、お前には関係ないことだ」
「関係あるよ、この子俺の大事な子なんだ。勝手なことされちゃ困る」
「そうか、そうれは残念だったな。これは、互いに利害が一致した上での行為だ。もちろん彼女も承諾している」
好き勝手自分の都合の良いように言う安生に、怒りをぶつけようと口を開けた瞬間、それよりも先に黒瀬先生の怒号が飛んだ。
「じゃあ、なんで彼女は泣いてんだよっ」
「……っ!」
「どれだけ彼女がお前に傷つけられてきたのか分からないのか!」
彼の怒声で静まり返った部屋。
何も言い返せない安生に淡々と告げた。
「あんたにはそれ相応の処罰を受けてもらう」
「ははっ、理事長にでも言うって?好きにすればいいよ。私は内科部長だぞ、何年ここに勤めてきたと思ってる。そう簡単に辞めさせられる訳ないだろ。前から気に食わないと思っていたが、お前こそ他へ飛ばしてやろうか?」
逆に脅され、黒瀬先生の目が更にきつくなる。
その凄みに圧倒されて、情けない声をあげる安生。
「な、なんだよ」
「大学病院じゃないんだからお前の権力なんてたかが知れたもんだろ。実力主義の民間病院で簡単なカテさえろくにできないセクハラ老害のあんたと、月20件はOPEをこなす俺とじゃどっちをとるんだろうな」
「ふぜけんなよ、いきなり乱入してきて、そもそもお前に何の権限があって……っ」
焦りで汗だくになりながら、この期に及んで喚きたてる奴。
黒瀬先生はそんな奴の胸ぐらを掴むと、今まで見たことのないような冷たい目をしながら言った。
「おい、殴られないだけ良かったと思えよ。クズ」
それを最後に安生はやっと大人しくなった。
情けない程に狼狽える安生を尻目に、私の胸は晴れやかだった。
やっとしがらみから解放された気分だった。
……くだらない。
私は、一体何にしがみついていたんだろう。
だけどこれで、やっと断ち切ることができた。
もう何も怖くない。