「まったく、何を言い出すのかと思ったよ。あんな生理学的な話しても分からないから、患者さんへの説明はなるべく分かりやすい言葉の方がいいんだ。特に高齢の方は女性の声は聞き取りずらいし、理解するのにも時間がかるから」
「すいません。なんだか嬉しくて止まらなくなっちゃって。今まであんな風にちゃんと聞いてくれる人いなかったから」
先生にやんわり怒られているのに、私はほくほくする気持ちを抑えきれず思わず顔がにやけてしまう。
そんな様子を見て、先生はどことなく嬉しそうに微笑んだ。
その部屋からの帰り道、ふと入り口近くの病室に入院していた年輩の女性と目が合う。
その女性は黒瀬先生の姿を見るなり、縋るように声をかけてきた。
「ちょっと黒瀬先生、私また血糖のお薬増えちゃったのっ。大丈夫?また、倒れちゃったりしない?」
先生の顔をちらっと見て、私が声をかけた。
「えっと、良かったらお薬手帳見せてもらえますか?」
薬手帳の内容を見ると、確かに新しく高血糖薬が増えていた。
でもこの薬は以前飲んでいた薬よりも安全性の高いものだ。
それを説明しようと、簡単な言葉を選んで説明し始める。
「こちらは、血糖降下薬の中でも新しいお薬で、血糖の高い時にだけインスリンの分泌を促して血糖を下げてくれるお薬なんです。このお薬だけで、低血糖発作を起こすことはまずないと思います」
「そうなの?でも前飲んでいた薬で低血糖になったの、この薬も飲んでいるのにその上新しい薬も追加されるなんて不安だわ」
女性が不安がるのも無理はない。
でも、血糖コントロールが難しい場合、いくつかの種類の高血糖薬を組み合わせて使っていかなきゃいけないのだ。
「以前飲まれていたものは一般的に多く使用されているもので、空腹時の血糖をよく下げる薬です。内服後食事を取らないと低血糖を起す可能性があり、長期間の使用で薬効が乏しくなること、あとブドウ糖を効率よく体内に取り込めるようになったことで空腹感が現れ体重が増えやすくなることもあります」