「えっと、鉄材と整腸剤ですね」
「説明できそう?」
「はい、やってみます」
「ま、患者さんに承諾得てからだけどね。気のいい陽気な爺さんだから大丈夫だと思うけど」
部屋に入って黒瀬先生の姿を見るなり、握手してきたそのお爺さん。
「これはこれは黒瀬先生。どうも、ありがとうございました。おかげさまで本当に良くなったよっ」
しわくちゃの手でがっしり先生の手を掴み、薄い頭を下げる。
「先生、本当にありがとうございました。これどうぞ召し上がってください」
「お気遣いどうもすいません」
おそらくこのお爺さんの夫人であろうお婆さんから、紙袋が手渡された。
紙袋のパッケージから中身は茶菓子のようだ。
「あの、うちの薬剤師ではないんですが、ここに入職を希望している者で。この子に説明させてもらってもよろしいでしょうか?」
「いいよいいよ、べっぴんさんなら大歓迎だ」
「黒瀬先生まで来てくれるしね」
2人にこやかに顔を見合わせてそう言ってくれた。
そして患者さんの承諾を得たもとで、こそっと患者さんに悟られないよう「胃がんで、胃の部分切除をした人」と先生から教えられる。
お爺さんとお婆さんは真剣に私の話を聞いてくれようとしてくれていた。
病院関係者以外で薬の説明をするのは初めて。
少し緊張しながら、患者さんの前に薬を出し説明し始めた。
「こちらが出ている薬です。胃を切除すると、胃酸の分泌が減少し鉄分の吸収を阻害されるため、鉄欠乏性貧血が起こりやすくなります。その予防のための鉄分のお薬です。一日一回朝食後にお飲みください」
それに付け足すように先生が口を出した。
「今までも飲んでいたから分かると思いますが、鉄材により黒い便が出ますので驚かないように」
「はいはい、最初は驚いたけどな」