<side 栞>


私は彼の前で演じる。

傷ついた可哀想な女を。


そしたらきっと彼はいつまでも優しくしてくれる。

また「栞」と名前を呼んで笑いかけてくれる。

彼は私にとって、とても都合の良い存在だった。


望月 栞。

新卒から製薬会社に入社し、営業として日々ノルマに追われる日々。
主に病院やクリニックに出向いている。

自分で言うのもなんだけど、性格はどちらかというと暗い方。

あまり笑わないし、会社で気を許せる相手は誰もいない。

そんな中、やっと仲良くなれたのが宗祐君という存在だった。


月に一回の食事。

いつも誘うのは私からだった。
それでも、彼はいつだって来てくれた。


行きつけのイタリアンレストラン。

小食の私にはちょうどいい量の料理を少しずつつ出してくれるところだった。

いつものように私はサングリアを頼み、彼は赤ワインを頼む。


「少し痩せた?」

久しぶりに会った私にそう問いかける彼。

「あ、うん。ちょっと夏バテで」

と言いながら、もう季節は秋だが。これでは通用しないと気付いて、残暑にやられてと付け加えた。


「そうか、なんか明らかに暑いのとか苦手そうだもんな」

そう言われて、そうかなと笑って誤魔化す。

私が食欲のない理由も、体重を落とし続ける本当の原因も彼は知らない。

だって彼は、私のことなんて結局のところ、ちゃんと見ていないのだから。
だけど、私からはそちらの方が都合が良い。あまり首を突っ込まれる方がうざったい。

ただ、私は時々あなたと会ってこうやって優しくしてもらえたら十分。


「……安生先生は大丈夫?」

「大丈夫。もう本当なんにもない」

目線を料理に落として、そう断言する。これ以上聞かないでとでも言うように。