「出る時、合鍵ポストの中に入れといて」
朝、そう私に声をかけて、いつもより少し早く彼は仕事へ出て行った。
……合鍵、私の心の拠り所だった。
もう私のものじゃない。
ぎゅっとそれを両手で握りしめる。
外から、きっと彼の車からであろうエンジン音がして、ついにもう終わりなんだと思い知る。
夜中ずっと我慢していた涙が、押し出されるようにぽろぽろ静かに流れ始めた。
彼の温もりが、香りがわずかに残るベッドから出れず、ベッドの上にぺたんと座り込み彼の布団を握りしめる。
そこに顔を埋め、嗚咽を殺しながら泣きじゃくった。
「……なんで今になって泣いてんの」
そう言われ、次の瞬間、抱きしめていた布団を取られてしまった。
「……っ」
出て行ったと思った彼が、何故か目の前にいて思わず息を飲んだ。
しかし、このみっともない状況を見られてしまったことに、すぐに恥ずかしくなって目を伏せる。
感極まって泣き過ぎたせいか、周りが全く見えていなかった。
ドアが再び開く音にも、彼の足音にも全く気付かなかったなんて。
こんなタイミングで戻ってくるなんて最悪……っ。
最悪……?
元はと言えばなんで泣いてたのよ、私にとっての最悪はこんなことじゃないでしょ。
これは最悪なんかじゃない、これは幸運な最後のチャンス。
「……なぁ、何で俺の前で泣かないの?寂しいって言えよ、一緒にいてって言えよ。どんだけ天邪鬼なんだ」
「い、言える訳ない……っ」
「なんで?そんな風に泣く位ならもっと甘えてこいよ。言っただろ、俺はお前のことは大切に想ってるって。迷惑だなんて思わないから」
「じゃ、なんで、突然……っ!」
「お前が俺のことどう思ってるのか知りたかったんだよ。そしたら利用してただけだって言うからさ、本当かどうか分かんないけど、嘘でも傷つくっつーの」
彼はそう言うと私の目の前に座り、私と同じ目線になって聞いてきた。
「なぁ、本当は俺のことどう思ってるの?」
好き。
そう言って、今すぐ抱きつきたい。
ずっとそばにいてって、離れたくないって甘えたい。