食べ終わった後、2人で食堂を後にする。脳外科の医局へ戻るべく、廊下を並んで歩いた。


「あんたの好きだった子ってどんなの? まだ引きずってる訳?」

酒の席でうっかり話題に出してしまった未結の存在。それからというものの藤沢に余計な勘繰りを入れられていた。

「別に、普通の子だよ。ひきずってるっていうか、確かに昔は好きだったけど今はなんとも思ってないし」

「じゃなんでそんなに元気ないのよ」

「……いや、この前たまたま病院に来たんだけどさ、薬指に指輪してて。でもまだ旧姓名乗ってたから、近々結婚するんだなって思って」

「寂しいんだ」


そう、正直に言うと少し寂しい。

昔あいつとは何をするにもずっと一緒だったのだ。
ずっと傍らであいつを想っていたのに、それがいつの間にか、見知らぬ男のものになってしまうなんて。


「略奪しちゃえば?。ほらドラマチックに結婚式に乗り込んでってさ、そいつは俺の女だーお前となんか結婚させねーとか言って」

まるで昔のドラマのような内容だ。藤沢は人の気も知らないで、面白おかしく喋ってる。


「……する訳ないだろ」

そんな好きだった子の幸せをぶち壊すようなことはできない。


「そうねー、ま第一あんたも彼女いるもんね」

「彼女?」

そう聞き返すと、藤沢がニヤニヤしながら目配せする。

その先には、脳外科の医局前で佇む栞がいた。

いつもと変わらないぴしっとした黒のスーツ姿。
背が低いことを気にして前はスカートしか履かなかったのに、今ではパンツ姿しか見かけなくなった。

髪の毛を綺麗にまとめ、両手でおそらく資料が入ったバッグを持っている。

彼女は製薬会社の営業でたまにうちに来るのだった。


「じゃ、あたし先行ってるから」

藤沢が気を使って、先に医局へ入って行く。

栞がそんな藤沢とすれ違う時、ちょこんとお辞儀する。

「お疲れさまです」

「お疲れー」

藤沢はひらひらと手を振りそれに応える。