玄関口、やっと2人になれたところでお母さんの肉付きの良い腕をむんずと掴む。
「ちょっと待って、お母さんっ」
「あんたね、助けてもらったんだからこれ位の奉公じゃ足りない位よ。そもそも、ちゃんとお礼言ったの?」
「……言ってない」
「さっきからもう挙動不審で何があったか知らないけど、お礼はちゃんと言わなきゃダメよ」
……お母様の言うことは至極まっとうでございます。
しかしまだ早すぎる。
もう少し時間という波に飲まれ、色々記憶があやふやになったところで、そういえばあの時ありがとうね、なんてさり気なく言うのが私の計画だったのに。
2人きりになった部屋。
何を話したらいいか分からず、立ったまま適当に何気もない会話を振る。
「あ、元気だった?仕事忙しいんだってね?やっぱりお医者さんて大変な職業だよねー」
そう言いながら、私の目線が泳ぐ泳ぐ。
彷徨い続ける目線は一向に定まらず、不自然な程ぎこちない。
「あ、あぁ」
「腰の怪我の方は大丈夫?あれ痛そうだったよね?手当てしてくれたの高城先生だっけ、そうちゃんの上司なんだね。面白い先生だったねー」
とりあえず、沈黙だけは耐えられないと言わんばかりにぺらぺらと矢継ぎ早に話し続ける。
……気まずい、気まずすぎる。
なんせ会うのはあれ以来だ。
なんで、こんなに気まずいの。
こんな状況でどうやってありがとうなんて言えばいいの?
やっぱり2人きりになるのは時期尚早過ぎる……っ。