パン、という乾いた音に気付いた人間はそう多くないだろう。

休日の昼間の街中の喧騒の前では、それはあまりに小さな音だった。
気付いていても、ほとんどの人間はちらりとそちらに好奇の目を向けただけで通り過ぎていく。

それでも夜の街の無関心さほど周りはその光景を放っておいてはくれない。
その証拠に何人かは好奇心に勝てず足を止めていた。

私も立ち止まらなかった多くの人と同じように無関心を決め込むつもりだった。

もし叩かれた人間が湊じゃなくて、

叩いた人間が彩愛さんじゃなかったら。

なんで、見つけてしまったのだろう。

そう思いながらも、それでも私は二人から目が離せない。

突然出くわした偶然に私は体を固くする。

力いっぱい叩かれた湊の頬は赤くなっていた。

割と近くだったから、とてもよく見えた。何
があって、そこにいたったのか、その経緯は知らない。
私が見たのは、彩愛さんが湊に平手を喰らわせたあたりからだ。

湊は頬を叩かれてなお、彩愛さんの右手を離そうとしなかった。
彩愛さんと対峙する湊は沈黙を保ったまま、少しだけ彩愛さんを捕らえているその腕に力を込めたようだった。
彼女の顔が、ほんの少しだけ苦痛に歪んだことでそれが分かった。