「ねぇ、君いくら?」

しばらくの沈黙の後で彼はそう言った。

「え?」

眼を見開き、言葉を失った私と視線を合わせて彼は言った。

「いくらで俺に買われる?」

その言葉の意味を理解した瞬間、考えるよりも先に体が動いた。
パンっと乾いた音が響いた。
初めて、人に平手打ちした。平手打ちをくらったことはあった。でもその時よりも、ずっとずっと痛かった。

心がとても痛かった。

「見損なわないでっ!!」

「どうして?」

どうすればそんなに冷たい声が出せるのだろう?
歌っているときの暖かくて優しい声とは大違いだ。
同じ人物だなんて思えなくて。
恐怖さえ覚えそうになる彼の声は、目をそらすことなく私に尋ねる。

「どうしてって…」

瞬時に頭の中に浮かんだのは大人が並べ立てる常識的な言葉たち。

だけどどれもしっくりこない。

どうしてなんだろう?

その中に、私の言葉は一つもない。

私は、自分のことが分からない。