「何が…そんなに…」

可笑しいのかと続くはずの言葉は、音になるまえに掻き消された。
奴がまっすぐに私の事を見た。
その眼は、笑ってなどいなかった。
背筋に冷たいものを感じた。
私が今までさらされた視線とは明らかに異なるこれは、一体なんだ?
彼の目が私を射抜く。
それは私を黙らせるには十分だった。

「滑稽だなぁって」

歌う時よりも、ずっと低い声で彼は囁いた。

「だって、そうだろ?君の言う〝好き〟は随分と軽薄だ」

この街に巣食う夏の魔物と目が合って、私は言葉を失う。
私の耳から彼の言葉以外全ての音が消えた。
もう、彼の声しか聞こえない。

「本当に好きなら、俺は絶対諦めない」

奴はギターケースを背負いなおし、私の方へ近づいてくる。

「例えば、もし両手を無くしたら、俺は足でだってギターを弾くさ」

「……その足さえなくしたら?」

「俺にはまだ声がある」

「声が枯れたら?」

「たとえそうなっても、カスタネットくらいなら叩けるさ」

「何で…?」

そこまでする価値があるのだろうか?

「〝好き〟だから」

ああ、そうか。
彼はただどうしようもなく〝好き〟なのだ。
それはきっとニコチンなんかよりもずっと依存度の高い、麻薬だ。

だから彼は怒っている。
怒鳴るでも、殴るでもなく、静かに侮辱されたことを、ただ怒っている。
彼が何を思って歌っているのかなんて私は知らない。でも私はただ自分だけが苦しいのだと、そんな勝手なことを叫んで傷つけた。
謝らなければと思ったのに、返す言葉を見つけられなくて沈黙する。