「何にも知らないくせに、分かったような口きかないで!」

頭の奥が痺れる。
こんなのただの八つ当たりだ。
分かっている。
私の事情も知らない行きずりの人間に叫んだってどうしようもないんだって。
でも一度あふれ出した感情は止まらなくて。
苦しい、苦しいと私は喘ぐことしかできなくて。

「……水泳選手か。どうりで肩幅がしっかりしてるって思った」

私に怒鳴られたのに、奴はヘラヘラ笑っていた。
それが妙にカンに障る。

「何、それで?泳げなくなったから?茶髪にピアスにタバコに深夜徘徊。ぐれちゃったわけね」

よくある話。
言ってしまえばそれだけのことなのかもしれない。

人が堕ちていくのは、おそろしく簡単で、

重力に逆らわず、坂道を転がるだけでいい。

別の何かになりたかった。
もう戻れないなら、深い闇に染まりたかった。
体を壊そうが、知ったことではない。

もう泳げない。

それ以上に怖いことなんて私にはなかった。