「来るって。急げ」

びっくりするくらい素早い動作で、私の手を引いて走る。
抵抗する間さえなかった。

何で私はこの人の言うことを聞いているのかとか、

されるがままに走っているのかとか、
頭を過ぎった疑問は考える事すらバカらしく思えた。

線の細さや輪郭からいって、彼は私と同世代の人間だろう。
彼のパーツで今私の手をとっているこの手だけが異様だった。

ごつくて、大きい。

楽器を弾く人って、みんなこうなのだろうか?

そんな人周りにいなかったからよく分からない。

考えながら走ったせいか、それとも急に負荷がかかったからか、がくんと足がもつれた。

大した距離は走っていないはずなのに。
っとショックを受けるとともに、

ああ、私はこんな簡単な事すらできなくなったんだ。

っていう現実を見せつけられたみたいで。

胸が詰まって、苦しくなる。

陸上だと上手く息ができない。

今、息を吸っているのか?
それとも吐いているのか?

呼吸の仕方が分からない。

「何だ、もう息切れ?だからタバコは良くないって」

立ち止まった私を振り返り、奴はそんなことを言う。
私はとっさに掴まれていた手を叩いていた。