ピクニックごっこは続いた。毎水曜日、「カラカラさん」は公園にいた。そして、一緒にお弁当を広げた。
彼は、時に間違えて颯太を、誰か他の男の子の名前を呼んだりした。孫に似ていたのかな、と私は笑った。
時にはおかずを交換した。私も「カラカラさん」の唐揚げを食べさせてもらったが、確かにとても美味しかった。
颯太は、水曜日を楽しみに待っていた。そして、私も心のどこかで、颯太の母親として「カラカラさん」のことを考えるのではなくて、純粋にもっと美味しい手料理を彼に振る舞いたいと思うようになっていた。
そんな水曜日が、五回ほど続いただろうか。その日は水曜日だったが休日で、私たちはくつろいで幼児向けのテレビ番組を見ていた。しばらくして、颯太がぽつりと言った。
「『カラカラさん』、今日はいないのかな」
「そうね……お仕事はお休みかもね。きっといないよ」
「でもぼく、『カラカラさん』に会いたい」
颯太が寂しそうに言うので、私はかわいそうになり、いつも通りピクニックごっこをしようと誘ってみた。すると颯太は元気に跳ね回って、「カラカラさん」の真似をした。
私は、休日ならではのとっておきの唐揚げを作ることにした。ストックしておいた鶏もも肉を解凍して一口大に切り、醤油と生姜で下味をつけてから揚げる。その日は、柚子こしょうで味をつけた唐揚げも用意した。これは辛めなので、「カラカラさん」のためだ。鶏肉がからりと揚がる様子を見ながら、彼が美味しく食べてくれるだろうか、と彼の笑顔を想像してみたりした。颯太は、「ママ、嬉しそう」と言っていた。
幾つもの唐揚げとおかず、おにぎりを仕上げて公園に着いた時には、いつもの時間より遅くなってしまっていた。
私たちは、「カラカラさん」を探したが、誰も背広を着てお弁当を食べている人はいない。私は、盛り上がった気持ちが急にしぼんでいくのを感じた。
「カラカラさん!」
颯太の声に、視線を向けると、確かに「カラカラさん」はいた。だが、誰か知らない年配の女性に手を引っ張られて、公園の出口に向かっていた。颯太は走り出し、私もまだ温かいお弁当箱を抱えて足を速めた。
すると、女性の声が途切れ途切れに聞こえていた。彼女は奥さんのようだった。「カラカラさん」は、明らかに、毒づかれるように叱られていた。
「あなた……若年……認知……施設……ますからね……」
私は思わず足を止めた。颯太も、その雰囲気にのまれたのか、「カラカラさん」を追うのをやめて、とぼとぼと戻ってきた。
私は、近くにあったベンチに座り込んで、頭を抱えた。一つの単語が、頭をぐるぐると駆け巡っていた。
若年性認知症。
唐揚げの名前を思い出せなかったのも、颯太を孫のように呼んでいたのも、きっと認知症だったからなのだ。
あの妙に若向きのスーツも、お弁当も、成人した息子のものかもしれない。
そうして、「カラカラさん」は、会社に勤めていたときのような格好で、「徘徊」していたのだろう。
それを、私たちは笑っていた……。何も気づかずに……。きっと彼は、介護施設に入れられる。私は、自分で自分を引き裂きたかった。
彼は、時に間違えて颯太を、誰か他の男の子の名前を呼んだりした。孫に似ていたのかな、と私は笑った。
時にはおかずを交換した。私も「カラカラさん」の唐揚げを食べさせてもらったが、確かにとても美味しかった。
颯太は、水曜日を楽しみに待っていた。そして、私も心のどこかで、颯太の母親として「カラカラさん」のことを考えるのではなくて、純粋にもっと美味しい手料理を彼に振る舞いたいと思うようになっていた。
そんな水曜日が、五回ほど続いただろうか。その日は水曜日だったが休日で、私たちはくつろいで幼児向けのテレビ番組を見ていた。しばらくして、颯太がぽつりと言った。
「『カラカラさん』、今日はいないのかな」
「そうね……お仕事はお休みかもね。きっといないよ」
「でもぼく、『カラカラさん』に会いたい」
颯太が寂しそうに言うので、私はかわいそうになり、いつも通りピクニックごっこをしようと誘ってみた。すると颯太は元気に跳ね回って、「カラカラさん」の真似をした。
私は、休日ならではのとっておきの唐揚げを作ることにした。ストックしておいた鶏もも肉を解凍して一口大に切り、醤油と生姜で下味をつけてから揚げる。その日は、柚子こしょうで味をつけた唐揚げも用意した。これは辛めなので、「カラカラさん」のためだ。鶏肉がからりと揚がる様子を見ながら、彼が美味しく食べてくれるだろうか、と彼の笑顔を想像してみたりした。颯太は、「ママ、嬉しそう」と言っていた。
幾つもの唐揚げとおかず、おにぎりを仕上げて公園に着いた時には、いつもの時間より遅くなってしまっていた。
私たちは、「カラカラさん」を探したが、誰も背広を着てお弁当を食べている人はいない。私は、盛り上がった気持ちが急にしぼんでいくのを感じた。
「カラカラさん!」
颯太の声に、視線を向けると、確かに「カラカラさん」はいた。だが、誰か知らない年配の女性に手を引っ張られて、公園の出口に向かっていた。颯太は走り出し、私もまだ温かいお弁当箱を抱えて足を速めた。
すると、女性の声が途切れ途切れに聞こえていた。彼女は奥さんのようだった。「カラカラさん」は、明らかに、毒づかれるように叱られていた。
「あなた……若年……認知……施設……ますからね……」
私は思わず足を止めた。颯太も、その雰囲気にのまれたのか、「カラカラさん」を追うのをやめて、とぼとぼと戻ってきた。
私は、近くにあったベンチに座り込んで、頭を抱えた。一つの単語が、頭をぐるぐると駆け巡っていた。
若年性認知症。
唐揚げの名前を思い出せなかったのも、颯太を孫のように呼んでいたのも、きっと認知症だったからなのだ。
あの妙に若向きのスーツも、お弁当も、成人した息子のものかもしれない。
そうして、「カラカラさん」は、会社に勤めていたときのような格好で、「徘徊」していたのだろう。
それを、私たちは笑っていた……。何も気づかずに……。きっと彼は、介護施設に入れられる。私は、自分で自分を引き裂きたかった。