正直なところ、それが亮介の心を波立たせている一番の原因だった。

 指導員2年目のペーペーではなく、ベテランの、それこそ検定員資格を持つ職員が受け持てば少しは違ったのかと、僻み心が芽生える。

「なんか……動きませんね。この車」

 運転席の教習生が、きょとんとした面持ちで亮介に視線を送る。

 何が悪いのかと言えば、亮介の指示をほとんど無視して足を動かしているところなのだが、当の本人に全くそんなつもりが無いらしい所がまた厄介だ。

 まるで自分が宛がわれた教習車がハズレかのような物言いと、男子にしては大きな瞳をパチパチさせるきょとん顔が、亮介の神経を悪い方向へ刺激する。

「……もう一回、やってみるよ」


 イライラしたらだめだ。落ち着け、俺。


 頬のあたりがひきつっているのがよく分かったが、それをなんとか抑え込んで、あくまで静かに冷静に根気強く。
 
 そんなことを朝イチ30分、ずっと繰り返していた。

「はい、それじゃあアクセルを……」

 指示を出しながらちらと腕時計に目をやると、時間は9時35分を回っている。

 教習時間は50分間で、終了間際の5分は教習車を停めてその時限の講評を行うことになっている。

 となると、残された時間は実質10分か。

 この時間にうまく発進停止が出来なければ、もちろん項目終了として判子を押すことは出来ない。

 そもそも、該当項目では少なくとも場内コース外周の外回りをクリア出来ることが目安となっているのだ。

 せめて一回くらいはまともに発進停止を行わなければと思うと、急に気持ちが焦り始めた。


 どうする、どうしたらいい。


「左足、ちょっと押さえるからな! そこで足止めるんだぞ!」

 クラッチをゆっくり、の最早お決まりとなった台詞で、はやり車体が揺れる。

「ッだっからさあ! 走り出しでクラッチから足離したら動かせねぇじゃんか!」

 声を荒げる亮介に、教習生はきょとん顔を向けるばかりで、なかなか発進させることが出来ない。

 おい、嘘だろ。1時限まるまる動かせねぇとか冗談じゃねぇぞ。

 指導員2年目とはいえ、それなりに多くの教習生を受け持ってきた。

 その中で、50分まるまるその場から移動できないなど初めての経験だった。

 自分の知りうる全知識を費やしてこれでは、もうお手上げだ。

 腕時計は無情にも9時45分を指し示そうとしている。

「あのー……」

 解っているのかいないのか、教習生がきょとんとした瞳を亮介に向ける。