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待合室から走ってやって来たのは、普段は滅多に教習生の立ち寄らない階段だった。
受付の横を抜け、突き当りを曲がった先にあるその階段には、教習生どころか職員もあまりやって来ない事を知っていた。
屋上にでも繋がっているのだろうか。階段の前には、職員以外立ち入り禁止の立札が置かれている。
階段の中腹あたりに腰かけて、詩はまだ少し震えの残る手をぎゅっと握り合わせた。
「……明日で、15年なんだ……」
薄暗い階段に、詩の呟きが微かに響いた。
15年前の9月4日。
8歳だった詩は、法事の為に両親と一緒に父親方の祖父母の元を訪れていた。
7歳年上の兄は、受験勉強があるからと一人で留守番をしていた。
当初は一晩泊まって翌朝帰る予定だったが、父親の仕事の関係と、詩も学校があった為に日帰りへと変更になった。
その変更を、単に運が悪かったと言って片付けてしまう事は出来ない。
山間を走る高速道路は、工事の影響で平日の夜にしては長い渋滞が発生していた。
丁度トンネル内が渋滞の最後尾となっていた時で、詩たちはそこで立ち往生する形となってしまった。
暇を持て余していた詩は、運転席と助手席の間から顔を出して、眠そうな母親にあれこれ話しかけていた。
父親が「寝かしてあげなさい」と笑いながら、そろそろ別のCDに変えようかとオーディオに手を伸ばしたその時。
それは起こった。
ドン、という激しい衝撃と、何台か後ろで鳴り響くクラクションのけたたましい音。
あまりにも唐突すぎて、始めは何が起こったか理解が出来なかった。
身体が痛い。視界がぼやける。
おとうさんとおかあさんは、と辺りに目をやると、視線の真横に手が見えた。
ごつごつした、撫でてもらうと気持ちの良い、大きな手だった。
――横に、手?
何かがおかしい。
自分は後ろの席にいて、だからおとうさんとおかあさんは『前の』席に居るはずで。
どうして『真横』に、『おとうさんの手』があるのだろうか。
ぼやけたままの瞳を精一杯動かしてみると、天井と粉々に砕けたリアウィンドウが見えた。
自分の真横には、白いクッションのようなものにもたれかかって動かない両親が居る。
一体、何がどうなってしまったのだろうか。