「はぁ……」

 3時限目の実技教習を終わらせ、詩は重苦しい溜め息を吐きながらコースを校舎に向かって歩いていた。

「……はぁ……」

手にしていた教習原簿を広げ、様々な名字のハンコに埋め尽くされたそれを見てまた溜め息を一つ。

 1段階は、あわや規定を一回りオーバーするかというところだった。
 教習原簿の見開き左のページには、技能教習の枠にぺらぺらと追加の枠が張り付いている。

 2段階も既に6回終わらせているが、まだ教習項目3でハンコをもらっていない。
 このペースでは、到底19時限では済まないだろう。

 確か、『大物』って言うんだよね、こういうの……。

 それは、指導員の間での隠語である。
 教習時限数をかなりの勢いでオーバーする――あけすけに言えば、運転センスに乏しい教習生に対して使われる言葉だ。

「おおもの、か……」

 言って、詩は肩を大きく落とした。
 自分で考え始めたことに自分で落ち込んでいては世話が無い。

 予告されていた『来月』はあっと言う間にやって来て、今は先輩に運転をさせて営業に回っている。

 早く免許を取得しなければ、会社にも迷惑がかかることは承知していた。
 しかしそうは思っていても、詩はなかなか自動車というものに慣れなかった。

 実際のところは、自分自身で教習時限を伸ばしているような節もあるのだが。
 ハンコを押そうとする教官に、まだ自信が無いので押さないで下さいと頼み込んだ事すらある。

 それほどに、運転というものが――自動車が怖かった。

「……頑張らなきゃ」

 きゅっと口を結んでロビーに入る。
 階段を上がって、2階の待合室に向かって行った。
 午後一番の4時限目にも一コマ実技を取っているため、待合室で時間を潰そうと考えていた。

 昼休みの待合室は、教習生でごった返している。
 ソファーに身を預けて眠っているらしい者や、熱心に学科教本に目を落とす者、テラスで談笑をする者など様々だ。
 大学生はまだ夏休み中なのだろう。年齢層が比較的若い。

「今後、大型の台風は依然勢力を保ったまま……」

 壁際に設置されている薄型テレビでは、チャンネル1のお堅いニュースが流れている。
 大きく綺麗な画面がウリのテレビであるが、流れるのはいつも同じチャンネルばかりだ。
 若い教習生達には少しばかり退屈なのだろう。それに目を向けている者は居なかった。