菫菜も慌てて入り、襖を閉めてから、すとんと新三郎の前に、姿勢を正して座った。

「今宵さえ外してくれれば、無駄なお足を使わなくても良かったのよ。無理しないで」

「まぁ、確かに苦しくないことはないが。無駄な金ではないよ」

 相変わらず、新三郎はにこにこと笑っている。
 そして、つい、と立ち上がると、窓辺に寄って空を見上げた。

「ほら、こっちにおいで。十五夜に晴れるのは珍しいというに、今宵は何とも綺麗な月だ。こんな綺麗な月を、何故一人貧乏長屋で見ないといかんのだ」

「……あ、明日だって見れましょうに」

「わかってないな。十五夜でないと、意味がないのだよ。今宵来れば、来月も必ずお前さんに会えるわけだしの」

「……」

 菫菜は、赤くなって下を向いた。
 本当は、菫菜も同じ気持ちだ。

 今日来てくれれば、来月も必ず来てくれる。
 今までのような、次はいつ会えるかわからない逢瀬ではないのだ。

「じゅ、十三夜も、綺麗に晴れるといいですね」

 下を向いたまま言う菫菜に、新三郎は、やはり軽く、そうだな、と言って笑うのだった。


*****終わり*****