話しながら、夢みたいだった時間へと思いをはせる。
 

一週間前、夏休みが明けたばかりで、まだ学校中が浮ついていた日のことだ。
 
生物室に行く途中の廊下で、騒いでた男子にぶつかられて、わたしは両手に抱えていた教材の上からペンケースを落としてしまった。
 
ぶつかった男子はぶつかったことにすら気づいた様子がなく、人通りもそれなりにあったけれど、わたしの存在は誰にも見えていないようだった。
 

むしろ、それがわたしの望むところだった。
 
これまでそうしてきたように、誰にも関わらず、誰にも気にされず、残りの二年半もただ授業を受けて卒業まで過ごすことが、わたしの求める学校生活だ。
 
ひとと関われば必ず摩擦が生じて、おもわぬ思考の衝突が起きて、きっとまた、傷つけられる。
 
それがイヤだから、受験勉強を頑張って、中学の同級生が誰も行かないようなちょっとした進学校に入った。
 
高校に入れば、自分をとりまく環境がまるごと変わって、あたらしい世界がひらけるのだと信じていたから。