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 しかし、現実はそう甘くなかった。


 ナースコールで呼ばれて、病室に駆けつけた愛ちゃんが少し困った顔で戻って来た。


「あれ?高井さんなんて?」

高井さんとは、3日前から入院している患者さんだ。
65歳の男性で、エスカレーターで意識を失い転倒し怪我をした。
3段目くらいからの転倒だったので、大きな怪我にはならなかったが、意識を失った原因がわからないので、現在検査中。
意識を失った原因も探らないといけないが、あと指摘されているのは肥満。
170cmの身長に体重は90kgくらいあるので、栄養指導を受けていた。

「百井さん・・・高井さん・・・お腹が痛いって・・・」


愛ちゃんは遠慮がちに高井さんの状況を口にした。

「お腹が痛いって?じゃあ、先生に連絡しないと!」


そんなこと私が言う前にしてよ・・・。内心イライラしながらも私はできるだけ穏やかに答えた。


「でも・・・食べすぎみたいなんですよね・・・」


「食べすぎ?」


「はい・・・。夕食後に、お餅2個とおまんじゅう、みかん、バナナ、メロンパンを食べたらしいです。とりあえず診てもらわないとダメですよね・・・」


「・・・・・・」


なぜ、病室にそれだけの食べ物があるんや・・・。


「怒られますよね・・・」


「・・・頑張れ!!」


私が上辺だけの応援をすると、愛ちゃんは恐る恐る内線番号を押し、俺様ドクターに連絡を取ろうとしていた。


「あの・・・・・・看護師の上原ですが・・・」


しどろもどろになりながら、状況を説明する彼女が黙ったかと思いきや、次に聞こえたのは・・・・・・。


「食いすぎじゃ――――!!!」


それは、もちろん愛ちゃんの声ではなく電話の向こうにいる俺様ドクターの声。


一瞬にして固まってしまったのは私達看護師だけではなく、ナースステーションにいたヘルパーさんも同様に言葉を失い、動くことができなくなっていた。


うわぁ・・・やばいよね・・・これ・・・。言われた張本人の愛ちゃんは、涙目になっているし。

夜中のナースステーションは、真っ暗な廊下と対照的に明るかったが、誰一人言葉は出ず、時計が時を刻む音だけが響いていた。


いやいや、こんなことをしている場合じゃない。

例え、食べすぎでも患者さんが苦しんでいるんやから一応診ておいてもらわないと・・・・。

もしものことがあったら・・・。


「愛ちゃん、もう一度連絡して」


冷たいと思われるかもしれないが、ドクターにあんなことを言われたくらいで泣いていたのでは、この先、看護師なんてやってられない。


「もも・・・・・・それは酷くないか?」


束ちゃんは、愛ちゃんの様子を見て、眉をひそめるようにして私にそう言ったが、そんな甘いことなんて言っていられない。

こんなことで泣いているから「泣けば済むと思っている」とか「これだから女と仕事をするのは嫌なんだ」なんて言う男が出てくるんだ。


「自分の仕事は責任を持ってしなさい」


私は束ちゃんの言葉を無視して、泣き出しそうな顔をしている愛ちゃんに言った。


「わかりました」


私も彼女に期待していなかったら、そんなことは言わない。

彼女は甘えた部分がなくなれば、きっと伸びるような気がする。


現に彼女は、私の言葉に逃げずにむかっていこうとしている。