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「お先に失礼します」
診察が始まった1階は、患者さんであふれかえっていて騒がしくなっているようだった。
時折、患者さんを呼ぶアナウンスの声、お年寄りに大きな声を張り上げて説明する事務員さんの声をかすかに聞こえるここは、職員専用廊下で、私はようやく仕事が終わり、帰ろうとしていた。
そして、最後の最後に私を疲れさせる人物が前からやって来て、つい顔を歪ませてしまった。
「ももちゃん、帰るの?昨日は忙しかったみたいだね」
「はい。お疲れ様です」
さあ、帰ろう。
私が足を進ませようとした時、再び話しかけられた。
話しかけられて無視するわけにはいかず、私は上野山さんの方に体を向けた。
「瞬、かっこいいやろ」
瞬って誰?と思っていたのが顔に出ていたのか、彼は「佐々木先生のこと」と付け加えた。
あぁ、あのイケメンドクターのことか・・・。
「そうですね」
私がよっぽど無関心に見えたのか、彼は
「興味なさそうやね」
と笑いながら言った。
なぜか安心した表情なのは気付かなかったことにしておこう。
あの先生に興味もないが、それ以上に今日は眠たくてしかたがない。
頼むから早く帰らせてほしい。
「はい」
私が抑揚もなくそう言うと、彼は、安心したような顔をしていることに少しうんざりしてしまった。
「よかった。あいつ男前やから、ももちゃんが興味持ったらどうしようかと思ったよ」
いやいや、あなたにも興味ないですから。と内心毒を吐きながらも、ひとつ質問をした。
「それより、本当に上野山さんは、佐々木先生とお友達なんですか?」
あのイケメンと、この珍獣が友達とは、どうも思えない。
「そうやで。何?見た目があまりにも違うから怪しんでる?」
ふうん、よく自己分析できてるやん。
「はい」
私は、再び抑揚なく言った。
「うわぁ、ももちゃん、きついなぁ。あっ、でもそんなところも好きなんやけどな・・・・・・って言っちゃった」
目の前で、いい年して照れている事務次長を無視して、
「お先に失礼します」
とだけ言って、私は職場を後にした。
はぁ、疲れる。ほんまあの人どうにかしてくれないかな・・・。
彼が私に好意を持っているのは知っている。
でも私にだって選ぶ権利はある。
見た目がどうとかではなくて、あんな、年中ニヤニヤしている人は、どうも好きにはなれない。