「いえ、誰かいるなって思って、お邪魔しました。お先に失礼します」


私は、これ以上関わってはいけないと身の危険を感じたので、早口でまくしたて、その場を立ち去ろうとしたが・・・。


「ちょっと待って・・・」


えっ?今呼びとめました?

私は、踏み出した足を戻し、顔だけ佐々木先生の方へ向けた。


「・・・?」


何言われるんやろう・・・。


束ちゃんとか木村さんの愚痴とか?あぁ、聞きたくない!!


私がそんな拒否反応を起こしていると、佐々木先生は、鞄の中をガサガサとあさり出した。


いったい何をしているんやろう・・・。


私は、体ごと先生の方を向き、様子を伺った。



「はい、これ」


立ちあがって、私の目の前に出されたのは、東京名物のお菓子だった。


「えっ?」


「先週さ、学会で東京に行って来たからお土産」


そう言った佐々木先生の顔は、うっすらと笑みが零れているようにも見えた。


「えっ、これ私にですか?」


私は、反射的にそれを受け取ると、佐々木先生を見上げて、見当違いな発言をしてしまった。


なんて自惚れなんだろう。

看護部にくれたのに「私に」なんて言って、アホ過ぎる・・・。



「いやっ、そ・・・」


そうじゃないですよね?と言いかけたが、目の前の男に言葉を遮られた。




「そう。ただの下心だから」



そう言うと、佐々木先生は、見たことのないいたずらっ子のような笑顔を見せてくれた。



はぁ?


下心??


私の脳内では、『下心』の意味を解読しようと必死だったが、突然のことすぎて、パニック状態になっていた。


そして、しばらくして気付いた。



はっ!


冗談か!!



「ははっ、先生もそんな冗談を言うんですね!」



私は、普段の佐々木先生からは想像できない言葉と表情に笑いが込み上げてきた。



「はぁ、お腹痛い」



私がお腹をかかえて笑っていると、再び佐々木先生が口を開いた。


「なぁ、今度、飯でも食いに行かないか?」


上からの柔かい声に驚き、笑いも止まり、佐々木先生の顔を見上げると、まだ涼しく笑う佐々木先生がいた。



「わ、私ですか?」


ここに他に誰もいないのにそんなことを聞いてしまうくらい私の頭の中は混乱していた。


「他に誰がいる?」


もっともだ。でも・・・でも・・・。


「な、なんで、私なんですか?」


そう、なぜ私なんかを食事に誘うんや?この男は?理由は?


「今言ったやん。それ、下心やって」



佐々木先生が指差す方を見ると、それは私が持っている先程受け取ったお土産だった。


私は、そのお土産と先生の顔を往復させて「ぷっ」と吹き出してしまった。


そしてなぜか「わかりました」と答えていた。



「じゃあ、連絡先を教えてくれる?場所とか決まったら連絡するから」



私は言われるがままに、かばんの中のスマートフォンを取り出し、佐々木先生の連絡先と登録した。


後から考えると、ものすごく大変なことをしたのではないかと感じた。



あの俺様ドクターにお土産をもらって、食事に誘われたし・・・。


しかも「ただの下心やから」そう言って笑う顔が私の中でリプレイされて離れてくれない。



そして、このことは職場の誰にも言うことができなかった。



家に帰ってから、佐々木先生(俺様ドクター)と登録し直した。



きっと、今日の私はどうにかしていたんだ。

そう、自分に言い聞かせた。