『俺の親に会ってくれる?』
瞬さんにそう言われてから1週間、緊張の日々を過ごしていた。
「明日は、迎えに行くから」
彼は、電話越しに言うと、私は「はい」とだけ答えた。
私の緊張が伝わったのか、瞬さんは優しく声を掛けてくれた。
「緊張しなくて大丈夫だから」
そんなことを言われても無理だから・・・・・・。
きっと、普通に彼氏の両親に挨拶をしに行くのでも緊張するのに・・・
相手は、代々医師の家系――所謂エリート――私みたいな平凡な家系の一看護師が行っても大丈夫なんだろうか?
もしかしたら、彼には不釣り合いだと別れるように言われるかもしれない。
もしかしたら、許嫁なんかがいるのかもしれない。
こんなことをひたすら考えていたら、この1週間あまり眠ることができなかった。
「睦美、粗相のないように」
何度も何度も両親に念を押され、最後には「しつこい!」と大声で言ってしまった。
もう自分でも冷静でいることができなかった。
そして、私は、玄関にある鏡で最終チェックをした。
上品そうに見える紺のワンピースに髪をまとめ、メイクも濃くなり過ぎないように細心の注意を払った。
手みやげを持ち、玄関に並べてある靴を履き、「いってらっしゃい」と両親の声に押され玄関を出た。
家を出ると、瞬さんは助手席のドアの前に立ち、待っていてくれた。
「おはよう」
白シャツにジーンズといったラフな格好の彼は、やはり爽やかで、車にもたれかかっているだけで見とれてしまう。
「おはようございます」
ペコリと頭を下げると、優しい笑みを零しながら「緊張してるね」と私の頭をポンポンと叩いてくれた。
「睦美、似合ってる」
何を褒められても、頭に入って来ない。
もう心臓がうるさいくらいに動いて、今にも口から飛び出してしまいそうだ。
息も荒くなり、もう周りの景色も見えなくなっていた。
ただ、膝の上に置いた鞄をじっと見つめるだけだった。
『粗相のないように』
その母の言葉がぐるぐると頭の中を占領して、離れることはなかった。