「よかった。好きになったのが、百井さんで」


目の前の彼が言った言葉の意味がわからなかった。


「どういうこと?」


「俺、振られたのに、こうやって笑えるなんて・・・でも家帰ったら泣くんやろうな・・・」


「へぇ、北村君でもなくんやぁ」


「これでもナイーブですから」


「ナルシストのまちがいでしょ?」


「誰がナルシストなんですか?」


そう言いながら、わざと窓にうつる自分の顔を見て髪形を整えたりしていた。
「ほらっ、ナルシスト!」


「わざとですよ、わざと」


「どうだか」


どうやら私達には悲しみというものはないらしく、笑いに変わってしまう。


こういう弟がいたら、楽しいやろうなぁ。


そう思ってしまった。


帰りは彼が私の家まで送ってくれた。
最後になるだろうからと30分くらいの距離を歩いて欲しいと言われ、承諾した。彼は、寒いからと言って、自分の持っているカイロを渡してくれた。


こんな優しい所を見てしまうと、少しだけ気持ちが揺らいでしまいそうになる。



「百井さん・・・・・・さっきは冗談にしてしまったけど、あなたは優しい人です」



街灯の明かりだけの道端で彼の顔は、暗くてよく見えなかったが、柔かく微笑んでくれているのがわかった。



「ありがとう」


私は、照れくさくて、こう言うことしかできなかった。


「百井さん、今日は付き合ってもらってありがとうございました。これからも看護師の先輩としてお付き合いしていただけますか?」



「喜んで」



そう言うと彼は「よかったぁ。おやすみなさい」と頭を下げて帰って行った。



この数日後、彼はこの辺りでは一番大きな病院への就職が内定したと嬉しそうに話してくれた。