そうこうしてるうちにエレベーターが一階に着いて扉が開いた。

それじゃあ、と言って歩き出そうとした瞬間「ちょっと待ってください」と石田に呼び止められる。

「なに?」
「川上さん、傘は?」
「あー……」

つい三十分くらい前、突然降り出した雨。そのせいで小春は休憩室に置いといた傘を取りに行くことになり、聞きたくもない自分の悪口を聞くはめになってしまったのだ。

しかし傘を取ることはできず、結局悪口を聞くだけになってしまったけれど。

「タクシー拾っていく、」
「あのサボテン、明日もまた偉そうに指示するのかなー」

タクシー拾っていくから大丈夫、と言いかけたとき、その言葉をさえぎるように休憩室にいた女子社員たちの声がロビーに響き渡る。

きっと反対側にあるエレベーターに乗ってきたのだろう。小春はあわててロビーに置かれた観葉植物の後ろに隠れた。

「やけにスマートなスーツ着てさ。似合わないよねー」
「川上さん童顔だしね。…てかあれ?雨降ってるじゃん」

傘取りに戻るしかないね。めんどくさいなーと聞こえたのを最後に、彼女たちの声は聞こえなくなって、小春はホッと胸をなでおろす。

「ごめんね、急に」
「いや……」

とっさのことにつられて一緒に隠れていた石田が首を横に振る。
さっきの悪口が自分のことだと石田も気づいただろう。

「なんかごめんね。スーツ褒めてもらったのにさ」

あはは、と自分でも下手くそだと分かりきった笑顔を浮かべる。

なにも言わないのも気まずいが、なんと言っていいのかも分からなかったのだ。

「でもまぁ、確かに似合ってないのは認めるけどねー。わたし地味だしさ」

それでも言葉は止まらなくて、頭で考えるよりも先にどんどん口から滑り降りてきた。