ルナカムイから王都に向かって歩く。
地図上でまだバツ印の書かれていない場所を目指す。
隣国の高天国との境の川のあたりを今日の目的地にしよう。
今日の目的地までまだ距離があるようだ。
私は自分への罰のつもりで馬を使わない。すべて自分の足で大地を踏みしめていく。
踏みしめた台地はルナカムイを超えると草が生え始めていた。
馬で真昼様とかけたのはほんの2年前だったか。懐かしい思い出。

皆本の屋敷では疎まれてはいたが、その日の飯や風呂、衣服に困ることはなかった。
麗星国に守られた仕事は金銭的に我々を潤していたし、戦争にかりだされることもない、すべては聖者の仮面をかぶった父上のつくった特権階級のおかげだった。

ふみしめた台地は丘になっていて眼下には王都がひろがる。
深夜だというのに灯りがぽつぽつとともっている。
見せかけの明るさ。
ルナカムイから王都の人々の生活を見続ければ王都の国の抱える闇が見えてくる。
真昼様と王都を訪れた時にはあんなに明るく色づいて見えていた風景がおぞましいものに見えてくる。

戦争で親を失った子供はごみをあさる浮浪児になる。
浮浪児は徒党を組み窃盗をくり返す。
金しか信じられない大人になる。
子供を生んだばかりの女性は金持ちに高く家畜を売るために乳を家畜に飲ませて自分の子供は餓死させる。
戦争で片足を失った男性はまず心が腐り、毎日何も出来ず「ぶらぶら病」と道行く人に罵られそのうち体が腐って死んでいく。
目を凝らせばこの国の問題のほとんどが白酒の花の毒の蔓延を背景にしていることがわかるはずだ。
麗星国では白酒の花の毒で常人を洗脳し、他国との戦争に駆り立てる。

しかし、自分1人ではどうしようもないことだと思っていた。

母上と貞女の石塔の前で無力感に打ちひしがれた。
憎き白酒の花の毒が母上と貞女、真昼様を奪ったのに、このまま泣き寝入りするしかないのかと。
私がきた頃のルナカムイは風が強く吹くせいで表層の土が吹き飛ばされ、草すら生えることが出来ない場所だった。しかし、泣き崩れていると石と石の隙間から草が見えた。この草は風から石塔に守られていた。
「こんなところにも草が生えるなんて。」
哀れに思った私はその草を守るため石で囲いを作り、石を壊して砂にして花の種を植えた。
そのうちその花の種は根を伸ばし、地面を頑丈にした。
花は枯れ、しかし次に命を結ぶ。
その様子がきっとわたしたちを導いたのだ。

※※※
冬児様のところに行く父上に初めてついて行った時の話だ。
パオで隠すように洞窟の入り口があり、父上は迷わず入っていく。

外のように寒いわけではなく、むしろ暖かい。暗い中を力強く歩いていく歩幅の大きな父上に食らいつくように必死に歩いていく。
しばらく歩くと明るいような場所にいる気がして、ふっと思い出す。
「あ、ここは白酒の花のあった洞窟ですか?」
「しっているのか?」
父上はすこし驚いたように目を開く。
「以前、真昼様と来た時に白酒の花が大量に採取されていて、負傷した者たちがまるで薬を作るような窯に白酒の花を入れていた洞窟にあった覚えがあります。」
父上は意を決したようにふーっと深く息を吐いた。
「あの者たちは麗星国との戦いで傷ついた争テグル族の者たちだ。あそこでは治療したり食料を調達する代わりに、私が開発した解毒薬を作ってもらっている。」
言葉を失った。
あの者たちの姿は戦争で傷ついた姿だったんだ。
戦争という言葉は知っていても実際見たことも体験したこともない。
「ここは白酒の花があった洞窟とは別の洞窟だ。ルナカムイには洞窟が数本ある。迷子になるから朱夏も覚えておくといい。」
「はい。」
短く答えた。
「これだけが白酒の毒のではない。目を見開いてよくみてみることだ。この世界には白酒の毒の闇があふれている。」
しらなかった世界の真実を垣間見たようで恐ろしく感じる。
「怖いか?」
「はい。」
声が震えていた。

「今まで冬児がひとり奮闘して、あの強大なウサギの神の力をつかって洗脳を解いてきたが、いかんせん効率が悪い。洗脳を解いてもまたかかる兵士も多い。この状況を打開すべく私は解毒薬を作ったが解毒薬もまだ欠陥品だ。2度使用すれば死が待っている。真昼が自力で解毒したといっていたな・・・。そこに安全な解毒薬のヒントがありそうな気がするんだがな。」
父上が言葉を飲み込んだのがわかった。
答えを知ろうにも真昼様はもう死んでしまった。
父上は私を慰めることもできないと判断したのだろう、それからは無言でしばらく歩き、数度分岐を繰り返したころネズミのいる飼育室を通り過ぎ、冬児様が横たわる寝室にたどり着く。
「またあったな。朱夏。」
頭の中に冬児様の声が響きすぐさまあのウサギの耳でくすぐられるような感覚が耳元で起こる。
「冬児様・・・」
私は冬児様に駆け寄った。
枯れ果てたと思っていた涙がこぼれる。
「あの男は死んだのか・・・。婚約までしていたのにな。なきたいだけなくといい。こんなとき無理はよくない。」
冬児様の言葉に驚いていたのは父上だった。
「朱夏は真昼と婚約していたのか・・・」
私はうなずいた。父上は悲しげに、そして不器用に手を出して私の頭をなでた。
いつまでそうしていただろう。
目をつぶると母上と貞女の石塔の石の間から生えてきていた草が目の前で揺れているのが見えた。
「朱夏、この石塔はルナカムイにあるのか?」
冬児様がこの画像を私の頭から探り当てたのだろう。
「えぇ、そうです。母上と貞女という私の乳母の石塔の間から生えてきたのです。こんなに強風の中で根を張る強い草で、雑草だけど抜くのがかわいそうで。」
涙を拭いて答える。
「草は生える、そして枯れて土になり、花を咲かせる。」
冬児様は落ち着いた声でいう。
父上は冬児様の言葉に感化されたように、口を開いた。
「・・・白酒の花の毒を制圧する方法がある。しかも安全な方法で。」
「父上、私もきっと同じことを思いつきました。」
「あぁ、時間はかかるが安全に制圧できるだろう。」
冬児様が動かない筋肉を無理に動かして笑顔を作る。
頭の中でこえがする。
「朱夏、無理はするな。私は無力だが皆に呼びかけることはできる。準備ができたら私に知らせるんだ。」
冬児様は、ふーっと息を一息ついた。
「冬児様苦しそう。」
ふと言った言葉が核心をついていたらしい。父上の険しい顔が物語っていた。
「仙草から作った疱瘡の薬がもうきかなくなってしまったんだ。筋肉の衰えが著しい。」
父上の残念そうに肩を落とす。
「え!?冬児様の方こそ無理してはいけないではないですか!」
「朱夏、私はもう長くないだろうが、そもそも私がここまで生きられたのが奇跡なんだ。聖夜がここに来てくれたこと、貴重な仙草から疱瘡の薬を作ってくれたこと。すべてが奇跡だ。私は生(奇跡)を全うする。命が尽きるまでテグル族のために尽くしたい。だから私にできることをさせてくれ」
私は否定しても無駄だと思い何の反応も示さない冬児様の手を握った。
包帯から組織液がしみだしている。
なんて高貴な方なんだろう。
組織液と私の涙がまざる。
生き残った私たちテグル族の精神的主柱。
絶対死なせはしない。
こんな風に頭で通信するのもこれからは極力控えた方がいいだろう。
「わかった、ゆっくり休んでいて。もう行くね。」
もう時間がない。
私は父上に向き合ってうなずいた。
あれから数日
「朱夏、ここに茎葉処理剤がある。このタンクに入れて使うんだ。」
「父上、茎葉処理剤とは・・?」
「この薬剤を茎や葉にかければどんな植物でも枯れる。なるべく白酒の花にだけかけるんだ。それさえ気を付ければ土や虫には影響しない。白酒の花も毒を出すことはない」
わたしは茎葉処理剤をみてうなずいた。
「左手でポンプを押し容器内に空気を入れて圧をあげる。するとこのじょうろの口から処理剤が散布されるという手順さ。簡単だろ?」
父上は右目をパチリとつぶる。
私が重い責任に押しつぶされないように。
「白酒の花を処理できるのは一日にせいぜい1本だ。無理するな。微々たる雫もいつか大岩に穴をあける。私はその間白酒の花の解毒剤を探す。」
「父上、何から何までありがとうございます。父上は解毒剤の開発を急いでください。」
私は今できることをする。毒の元を断つ。
母上や貞女、真昼様を死に追いやった元凶にこの手で復讐するんだ。

*******
最初から全部一人でやるつもりだった。
白酒の花に対する私怨であるから、秋良や春女を巻き込みたくなかった。
初日は朱天楼の仕事が終わってから白酒の花を捜した。
父上の話によるとルナカムイから大江山の間に白酒の花の木が生えているらしい。
「小春とお前を連れて帰るときに満開だった。美しい花だがこんなに恐ろしいものだとは皮肉なものだ。」
父上は乾いた笑いを浮かべていたが、母上との思い出を大切に胸にしまっている様子を感じずにはいられなかった。
まずは父上と母上の思い出の木々を枯らさなければならないと思うと気がひけたが、その気持ちはすぐに消えた。
見渡す限りの白酒の花だ。何町歩・・・いや、何里にもなる白酒の花の木がたっている。およそ1000本は有るだろう。
焼き払えば猛毒になり麗星国国民ばかりか、大江山の皆本にさえもとどいてしまいそうだ。

私ははやる気持ちを押え地道に茎葉処理剤を一本の白酒の木に撒き散らし始めた。
最初重いタンクを背負っての作業ははかどらなかった。白酒の木は花のつく枝葉が木の上の方で咲いている。まずそこを攻めるために重いタンクを持って木に登りながらの作業は心がおれそうだった。しかし慣れてくるとどんどんできるようになるものだ。そして、いつのまにか油断していたらしく、王都に近くなってしまっていたのだろう、とうとう人に見つかってしまった。薪か何かを探しに来たらしい親子で父親は幼い子を背中にかくしている。私の顔を行灯でてらした。
どうやって弁明しようか迷っていると
「お、鬼が出た!」
と父親の方がいって、しりもちをついたと同時に行灯をおとす。私の陰は後ろに大きくなった。
幼い子は足元に落ちていた小さな木片を拾うと私に切りかかってくる。
「おちつけ、鬼じゃない。」
父親も幼い子に感化されたのか薪として拾った木の枝を投げてくる。
「うるさい!細い体で、そんな大きな荷物を持つのは尋常じゃない!頭の角、目は真っ赤!お前は鬼だ!消え失せろ!」
きっと目薬の効力が切れて目が朱色になっていたんだろう。
叫んでとんできた木の枝が頭に当たる。
頭の角はこの後ろに背負っているタンクから出てきている管がそう見えるのだろう。
恐怖でゆがんだ瞳に正しい姿は映らない。
この前まで男として生きてきたのだから仕方ないが髪は短くこの国ではあまり見かけない栗色なのも鬼の印象にしているんだろう。
「違う、この国のためにやってるんだ。毒に・・・」
「なんだと!口答えるすな!麗星国を馬鹿にするな!出ていけ!人の里に下りてくるな!」
もう私の声は届かない。
木の枝を投げ終わったら手当たり次第に石を投げてくる。
さすがに何も言うことができずに目の上をケガしながら、逃げるようにその場を去った。