あ、と声を詰まらせ体を捩る彼女の、今度は首筋を唇で辿った。
理性の箍を弛ませる敏感なところはここだ。忘れていない。


「さっき 『身体を解してリラックスしろ』 と
 マツ言ってたんだが、こういう事か・・」

「そ、そんなの知らない!・・・私に聞かないで」

「せっかくだから、協力してくれないか?」

「本気?!」

「もちろんだ」


彼女のシャツの裾をたくしあげ 手を滑り込ませた。そのときだった。

「透!」の声とともに ぱちん と乾いた音と痛みが頬に走った。



「っ・・・」


「試合前なのよ?もっと真面目に緊張して!」

「それを解せ、とマツが・・」

「反対側の頬も叩かれたい?」


腰に手を当てて、眉間に皺を寄せたはるかに俺は降参して
「遠慮しておく」 と小さく両手を上げて彼女から一歩離れた。

その俺のジャージの裾を掴んだ彼女が慌てたように俺を呼んだ。



「透」

「ん?」

「あの・・・こういうのは・・・えっと・・・
 試合が終わってからにして?
 試合の後なら、いくらでも・・・協力するから」



松崎のジョークとも本気とも分からない計らいのお陰で
何とも痛い「気合」を入れてもらう事になったが
こんな結末になるのなら悪くない。


わかった、と言うと同時に俺は彼女を抱きしめた。


終わるまで預かってくれとはるかのジーンズの尻のポケットに
松崎からの封筒を捻じ込んで一撫でした。
この柔らかな身体に包まれて過す甘い時間を思えば
試合の勝敗も最強の王者との戦いもどうでもいいとさえ思ってしまう。



「さっさと終わらせてくる」

「そんなの、ダメ!せっかく見に来たのよ?いい加減な試合したら絶対許さないから」

「・・厳しいな」

「当然でしょ。透の夢は貴方だけのものじゃない。
 松崎くんや私・・・透を応援している仲間の夢でもあるんだから」

「責任重大だな」

「透にはそのくらいの重しが乗っかってる方がいいそうよ?
 身軽にしておくと暴走するって松崎くんが言ってたわ」



そんな透は想像できないけど、と笑う彼女に俺は苦く笑って答えた。



「まったく・・・厄介な仲間をもったもんだ」

「嬉しいくせに」



ただ無責任に期待されるだけなのは正直辛い。
でも仲間達のそれは違う。
身を切られるような思いで已むに已まれずラケットを置いた彼らの
その無念を俺に託すというのなら、期待に応えないわけにはいかない。



仲間達の信頼を背負い、S1としての誇りとともに
コートへ立ったあの頃の熱情が蘇ってくるようだった。
昂ぶった気持ちが体中に漲って武者震いがする。
その高揚のままに彼女を力任せに引き寄せて奪うように口付けた。



「行ってくる」



頑張って、と彼女に見送られて俺は歩き出した。
この歩みは誰にも止めさせない。止めはしない。




end