30分くらいたった後だった。

「そういえば近藤さん、お茶会はもうこの辺では開かないのかい?」
アユミママが話しかけるのが聞こえた。
「ああ、まだ未定だよ。」
お茶会。耳についた。
お茶って言葉が昔から嫌いなのだ。
近藤さんはふいと私に視線を向けると
「君を見てるとここ1年くらいあっていない妻を思い出すよ。お茶会であちこち飛び回っていて、なかなか会っていなくてね。」
と。そういった。何かは知らない。わからない。
あたしの中の、何かが揺れた。
「お子さんは、いらっしゃるんですか?」
「ちょ、、、さゎ…愛ちゃん⁉︎」
アユミママがすぐさまわたしを止めた。
悟ったのだろうか。
「ははは。1人ね、いるよ。娘がね。」
心臓がつけあがる痛みを発する。
まだ聞こうか、聞かまいか。
まだ引き返せるよ。神様からの最後の忠告が聞こえるような気がした。
神様に返事する余地もいまの私には当然ない。
わたしの中の暴君がじわじわ暴れた。
「娘さんはおいくつですか?」
アユミママは、まるでかわいそうな子犬を見る目でわたしを見ていた。
「君くらいかなぁ。赤ちゃんの頃会ったばかりで」
ああ、もう分かった。
女の勘か。実の父親と、初めて会ったのだ。
目の色が灰色に染まったのが自分でも分かった。
「こんな時間だし、もう帰るとしよう。ママ、おかんじょ。」
ママはバツが悪そうに電卓を出してきた。
息苦しいしか、鮮明には覚えていない。
「1200円で、、、。」
「はい。」
高そうな皮の財布を近藤さんはスッと取り出した。
母も毎日この財布を見ているのだろうか。
自然に目をそらした。
近藤さんは5000円を渡すと、お釣りは愛ちゃんにあげてといい、傘を取った。
雨が降ってることも分からなかった。知らなかった。

「待ってください‼︎‼︎」
近藤さんがドアノブに手をさしかけた時、あたしの叫び声が店にこだました。

「近藤…さん。下の名前を教えてください。」
後戻りができない。そう、最後の声が聞こえた。
そう言った瞬間、アユミママが息を詰まらせたのが分かった。
近藤さんは不思議そうにわたしを見て、すんなりと《和彦です》と言って、店から出て行った。
アユミママは5000円そのまま私にわたして、頭を撫ぜた。


喉が酸っぱくて仕方なかった。