翌日 土曜日

朝日がだいぶ高い位置に来て、昼に差し掛かろうとしている頃、玄関のチャイムが鳴った。

「ごめん、かなちゃん出て!」
「はいはい」

何やら忙しそうな夏子の代わりに叶衣が十中八九両親だろうと予想しながらドアを開けると、そこには巨大なスーツケースが置かれていた。

「……え?」
「こんにちは」

せせらぎのように軽やかで透き通る声で、スーツケースが挨拶をした。
と、その後ろから女の子が顔を半分だけ出す。
色白で頬にそばかすが散った可愛らしい女の子だった。
黒い髪の毛を長く垂らして、顔を傾けた拍子にさらさらと流れ零れ、黒目がちに艶めく垂れ目が叶衣を見つめると、にこりと笑ってみせる。
その無垢な笑顔とそばかすの可愛らしさと、綺麗な黒い瞳と髪とが合間って独特の雰囲気を持ち合わせていた。

「よろしくね。宇田叶衣君」

突然のことに惚けている叶衣にその少女はお辞儀をして、それから彼の後ろにいつの間にかに立っていた夏子に目を向けた。

「えっと、夏子姉だよね。今日から家族になります、よろしくね」
「なつこ……ねえ?」

夏子はふるふると身体を震わせる。
叶衣があまりに突然のことで気に障ったのだろうかと考えていると、彼の姉はそうれとばかりに少女に飛びついた。

「なつこねえ……夏子姉!なにそれ可愛い⁉︎ねえねえ、もっと呼んで!お姉ちゃんこんな妹が出来て最高だよーっ!」
「えへへ……嬉しいけど、ちょっと……痛いなあ」

割と細い少女の身体を折れそうなくらい抱き締める夏子に、少し眉を寄せながら笑う。
叶衣はため息をひとつついて、夏子の襟首を引っ張り少女から引き剥がしながら問うた。

「名前は?」
「ハナコ。お花の花に女の子の子で、花子っていうの」
「花子……」

ガールだのチキュウだのなんだのを聞いていたので、あまりに普通すぎる名前に逆に違和感を感じてしまう。
花子だなんて、最近はあまり聞かない名前である。

「ということで、今日から宇田花子です。いや違う、今までも宇田だったか。でもなんでだろ、えへへ、なんか新鮮だねえ」

嬉しそうに身体を傾かせる花子に、のそりと大きな影が被さった。
それを感じて、花子はくるりと後ろを向くと弾んだ声を投げかける。

「あ、おじさん」
「やっぱりもうこっちに来てたのか。一声くらいかけてくれてもよかったのに」
「ごめんなさい。お通夜とお葬式はいいけど、会食ってどうも苦手なの」

叶衣達の父親――浩二に頭を下げると、浩二は笑って手を振った。

「いや、いや。いいんだよ、どうせ血生臭い話だ、うん……」

そこで歯切れ悪く言葉を濁すと、切り替えるように続けた。

「さあ、ようこそ我が家へ。上がりなさい」

花子自身が三人くらい平気で入りそうな大きなスーツケースを抱えて、浩二は三人を促し家へと入っていく。
その際、小声で花子に「君の名前は、何かな?」と尋ね、花子が少し笑って「花子ですよ」と答えるのを叶衣は耳にした。
少し奇妙なものを感じた。
何故今更名前なんてきくんだろうか、と。