いつもなら当にスーパーから戻り夕食の準備に取り掛かっているはずの私が居ないせいか、娘がキッチンに立っていた。
その手元には、よく熟れて甘そうな柿があった。
仕事帰りにでも買って来たのだろう。
既に他界してしまった父親の仏壇に、その柿を供えにいく。
仏壇の前に正座する娘は、なにやら小さく呟いていた。
亡き父親の遺影に向かって、どんな話をしているのか。
時々、とても切なそうな顔をしている。
その口元をよく見てみれば、ごめんなさい。といっているように見えた。
何を謝っているんだろう。
亡き父親に向かって謝るなんて……。
もしかしたら、結婚もせずに今まで来たこを謝っているんじゃないだろうか。
だとしたら、それは私のせいだ。
娘がそんな気持ちになる必要など、何処にもない。
私が無理やり、娘を高橋から引き離してしまったせいなのだから。
「時子さん」
ゆっくりと怯えるような表情で、やはり取り返しのつかなことをしてしまっていたんだ、と時子さんを縋るようにしてみると。
「行っておいで。どうして謝っているのか。ちゃんと訊いてあげるんだよ。どんなに大きくなったって、娘は娘だろう? あんたが傷つけるのを恐がるほどに大切な子供なんだったら、訊いて上げなよ。悪いと思うなら、謝ればいいんだよ。大丈夫、あんたの娘だ。きっと、大丈夫さ」
時子さんに背中を押され、もうそれほど機敏には動けなくなった自身の体を奮い立たせるように、私は席を立ち店の出口へと向かった。
そうして、こちらを見守るように見ている時子さんを振り返る。
きっと、ここへ来る事はもうないだろう。
次に会えるとしたら、空に昇ったあとだろうか。
もし、その時に逢うことができたなら時子さんの美味しいコーヒーをじっくりと味わいたい。
ありがとう、時子さん。