「娘が今も結婚せずに独身のままでいるのは、私のせいなのさ。あの日、私が何の理由も話さず結婚に反対してしまったせいで、娘は夫を持つことも子供を授かることもせずに、いい年になってしまったよ」
私は、時子さんが淹れてくれたコーヒーの静かな波間を見つめる。
そこには、年をとりたくさんの皺を作った私の情けない顔が映っていた。
「あの高橋という男が、本当に結婚詐欺師だったのか。あの時、私はしっかり確認をしなかった。私の思い込みで、娘が傷つくのだけは避けたいと結婚に反対したけれど。今思えば、本当に高橋が詐欺師だったのかどうか、何一つ確認などしていないのだから、違っていたかもしれないと思うのよ」
そう、もしも詐欺師でなかったとしたら、私は娘が連れてきたたった一人の想いを寄せる男性を奪ってしまったことになる。
「娘さんは、なんて言っているんだい?」
「なにも。あの子は、何も言わない。結婚に反対したあの日から、娘はそのことを口にしなくなってしまったよ。きっと、私を恨んでいるんだろうねぇ。何も言ってこないことが余計にそう感じるのよ」
恨んでいるならいると言ってくれた方がまだマシだった。
何も言わず、以前と同じ生活サイクルに戻り、型どおりの日々を過ごし続ける娘を見ていると、私のしたことがどれほどの大罪だったのかと思い知らされている気がしてならない。
「一度、娘さんと話をしてみちゃどうだい?」
「そうだね。そうするべきなのは、解っているのだけれど。この年になってもなお臆病で、娘に嫌われるのが恐くてしょうがないのよ」
「嫌われていないかもしれないじゃないか」
時子さんが、肩の力を抜くように笑みを見せる。
「娘さん自身も、本当はそのことを話したくて待っている気がするよ」
「待っているとしたら、それは私に対する恨みつらみを言う機会じゃないだろうかね」
「悲観的にならないで。ほら」
そういってコーヒーが冷めないうちにと促され、私は再びコーヒーの波間に目をやった。
すると、そこには皺くちゃの自分の顔ではなく、今現在の娘の姿が映し出されていた。