Case 3



久しぶりの店内へゆっくりとした足取りで踏み込めば、昔と何一つ変わらない香りと彼女が迎えてくれた。

「いらっしゃい。何十年ぶりだい?」

子供のようにイタズラでいて、けれどとても親しみのこもった優しい表情で私のことを迎えてくれた彼女が、カウンターの席を促した。
けれど、私は窓際のテーブル席に腰掛ける。

「もう随分とあちこちにガタがきているからね。ここの方が楽なのよ」

私の言葉に、彼女はほんの少しだけれど寂しげな表情を見せる。
そうして、私が何か注文する前に、私好みのコーヒーを、私の好きだったカップに入れてきてくれた。

「薄めだよ」

テーブルへと静かに置かれたカップに、自然と笑みが浮ぶ。

「ありがとね」

どういたしまして。というように、彼女は微笑を向け、近くの席に腰掛けた。
その表情が、どうしてまたここへ来たんだい? そう訊ねている気がして、私は躊躇いながらも彼女に向けて話を始める。

「娘のことを、覚えているかい?」
「もちろんさ。聡明でハキハキと話す、しっかり者の娘さんだったね」
「そう。私や夫に似ず、とても頭のいい子でね。自慢の娘さ」

そこまで話して、私は小さく息をついた。

それから、時子さんが淹れてくれたコーヒーをゆっくりと口に含む。
ほんの少しだけ広がる苦味が心地いい。

「美味しいねぇ。随分と昔なのに、ここは何一つ変わっていない。だから、余計にほっとするのかねぇ」

私は、もう一度コーヒーを一口飲み、今度は美味しさに息を漏らした。
それから、ゆっくりと深呼吸でもするみたいに息を吸い、吐き出す。

「もう、どれほど前になるかねぇ」