ゆらゆら揺れるコーヒーの水面。
そこに映っていたのは、今日子の寂しそうな泣き顔だった。
お母さんと、泣きながら呟く今日子の顔だった。

今日子の泣き顔は、寂しいと温もりを求めていた。
ちゃんと私の話を訊いてほしいと泣いていた。
どうしてちゃんと私のことをみてくれないのと、怒りと共に震えていた。

いつだったかテレビで、怒りというのは哀しみの裏返しだと聞いた事がある。

いつも私に汚い言葉を浴びせて怒りをぶつけていた今日子は、ずっとずっと寂しかったのかもしれない。
寂しいということをうまく表現できずに、うるさいなんて言葉で何とか私へ伝えようとしていたのかもしれない。
そんな今日子の気持ちに、少しも気づかずにいたなんて。

「時子さん、私っ……」

水面から顔を上げて縋るように見ると、時子さんは大丈夫と頷いた。
そのしぐさだけで、私は大切な物を失いそうになっている重大さに気がついた。

今日子の顔を見なくちゃ。

今日子の視線と同じ高さで話さなくちゃ。

今日子の目を見て呼びかけなきゃ。

今日子を抱きしめてあげなくちゃ。

ちゃんと今日子と向き合わなくちゃ。

「いってらっしゃい」

急いで店をあとにする私の背中に、時子さんの見守るような優しい声が聞こえた。

「きっと、大丈夫」

時子さんの声が私の背中を押してくれる。
まだ間に合うと、言ってくれている。

ありがとう、時子さん。

ありがとう。